【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~


『光輝、彼女のアーティスト名は狭霧【さぎり】。
 俺たちと同じ学校だったんたぜ。

 まっ彼女は俺と同じ、一般生徒だったけどな。
 蒔田如月【まきた きさらぎ】って覚えてない?』


その名前に心当たりはあった。

学院時代の悧羅祭でも彼女は先ほどみたいにアコースティックギターを片手に、
歌っていた。

真っすぐに心の中に突き刺さってくるような歌声。
悧羅祭の度に、彼女の歌声を聴くのが楽しみだった。


そんな真梛斗が俺に告げた。


『光輝、オレ、アイツと付き合うことにした。
 きさってさ、なんか野良猫みたいなんだよ。

 野良猫って言っても、悪い意味じゃないんだぜ。
 どんなに尖ってても可愛いんだよ。
 だからオレが守ってやりたくなった。

 まだアイツには伝えてないけど、近いうちにプロポーズしようと思ってる。
 光輝、アイツにプロポーズしていいか?』


事故が起きたあの日、真梛斗は昼食をとりながらそんな話を切り出した。


「真梛斗、なんで俺にそんな話するんだよ。
 俺に伺いなんて立てずに、蒔田さんにプロポーズしたらいいだろう?」


そう言った俺にアイツは、自分でも気が付かなかった言葉を投げかけた。


『光輝、お前さ……悧羅祭の度に、きさのことばっか追いかけてただろう。
 お前、自分で気が付いてるか?

 お前、きさばっか探してる。
 ずっとガキの頃から光輝ばっかみてんだから、オレは、竣佑以上にお前のこと知ってると思ってる。

 生徒総会仲間の伊舎堂や綾音よりもさ。
 だからお前に確認したかったんだ。

 オレが、きさをお前から掻っ攫っていいかって?』



お前も告白する気があるんだったら、
俺はお前が声をかけた後に、プロポーズを申し込む。

きさが悩んで思う方を決めたなら、オレを選ばなかったとしても、
お前ときさを応援してやるよって。



そうやって笑いながら、俺の中に潜んでいた心を引きずり出した。




あの頃、確かに俺は蒔田が気になってた。

だが蒔田と俺は住む世界が違う。
自由なアイツを俺の小さな世界に閉じ込めることなんてできない。


三杉の家を発展させるために俺には、生まれた時から定められた生き方がまっすぐに伸びてる。

三杉の家の為の政略結婚を余儀なくされるはずの俺が、
蒔田を巻き込むわけには行かない。


ならば……俺は蒔田の幸せを傍で祈ろう。
それが真梛斗だったら、どんなに気が楽だろう。


アイツだったら、蒔田を幸せにしてくれるのは確実だから。
俺は真梛斗の親友として、幼馴染として、あいつらの傍で二人を見守れる。

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