【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
だけどそれも長く続かない。
ある日、公園に夜の騒音禁止で取り締まりが入った。
そう、その公園で音楽を練習してたのはアタシだけじゃなかった。
いくつものバンドがその場所で演奏の練習をしてたり、
役者の卵たちを連想させる人たちが早口言葉や滑舌をしながら、
軽く体を動かしている様子も見られた。
何人かで集まった人たちが音楽を鳴らしながらダンスを練習してる。
この公園は若者たちの溜まり場となってた場所だった。
夜の公園への立ち入りが禁止され高架下に流れてしまった若者たちを追い出すために、
やがて、その高架下もバリケードが張り巡らされて出入り禁止になった。
練習する場所を失ったアタシに真梛斗と出逢った、
あの交差点でのストリートライブを進めてくれたのが澪だった。
その日から、バイトのない夜は、その場所で演奏するようになった。
立ち止まって歌を聞いてくれる人。
時折、顔を向けて信号が変わると同時に何事もなかったように歩き出す人。
アタシの存在なんて受け入れてもないように、
自分の世界に入り込んで過ぎ去っていく人。
行き交う人々の対応は様々だった。
それでも……歌える場所があるだけで、
アタシの居場所があるみたいで良かったんだ。
万人に愛される曲が歌いたいわけじゃない。
ただ……限られた人の心に届く。
それだけで十分。
その人の居場所になれたら……、そんな夢みたいなことを思いながら。
そんなある日、アタシはアイツと出逢った。
突然に降り出した雨に、慌ててギターを片付けて雨宿りをしようとバタバタしてた時、
アイツはスーっと傘をさしだして、アタシが反射的に受け取ったのと同時に何処かへと消えていった。
その傘のおかげで、アタシを風邪をひかずに済んだ。
バイトの日を数日挟んで、また夜にストリートに出掛けた日。
アタシが演奏している場所から少し離れた場所で、
ガードレールにもたれながらアタシの方を見てるアイツを見つけた。
一曲演奏を終えたアタシは、借りた傘を手にしてアイツの方へと向かった。
傘を差し出して「これ」っと声をかける。
「あっ、別に返さなくてもよかったのに。
でもせっかくだから、受け取るよ。有難う」
そう言ってアイツは傘を受け取った。
「えっと……名前。
名前知らないとちゃんとお礼、言えないから」
普段はドキドキすることなんて滅多にないのに、
今はドキドキと鼓動が早くて……、そんな自分に戸惑いながら、
更にびっくりするようなことを口走ってるアタシ。
バカじゃない。
何やってるのよ。
鎮まれアタシ。
「あぁ、オレの名前ね。
天城真梛斗」
「あまぎまなと?」
「そう」
「有難う。傘、助かったよ。真梛斗」
初対面で呼び捨て。
それは少し抵抗があったけど、今は狭霧として存在するアタシ。
「ならさ、一曲オレの為に歌ってよ。
狭霧さん」
アイツのがアタシの名前を呼んだ。
たったそれだけのことで、凄く嬉しかった。
だけどアタシは狭霧。
狭霧は、馴れ合っちゃいけない。