【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
「アタシは誰かの為に歌ったりしないよ。
気の向くままにアタシが歌いたい曲を歌うだけだよ。
聴きたいなら聴いていって」
そんな可愛げのない言葉を残して再びあの場所へ戻ると、
アタシは残りの曲を演奏し続けた。
素直になれなくても、一曲だけは、アタシの名を覚えてくれていたアイツの為に。
それから三ヶ月。
来る日も来る日も、アタシがストリートの日にはアイツの姿を捉えることが出来た。
「天城真梛斗」
その日の演奏を終えた後、演奏を聞き終えて何処かへと消えようとしているアイツの背中に向かってアタシは叫んだ。
アイツは歩みを止めて、アタシの方へと歩いてきた。
「憶えてたんだ。オレの名前」
近づいてきたアタシに向けて紡がれた最初の言葉。
忘れるわけないじゃん。
忘れられるわけないじゃん。
この三ヶ月、ずっとずっとアンタの姿ばかり追いかけてた。
尖って、強がって、弱みなんて見せられない狭霧が……、
アンタの姿をずっと求めてたって、バカみたいじゃん。
「なら、少し出掛けようか。
狭霧がオレの名前を憶えてくれてた記念に」
そう言うとアイツは、アタシが手にしてたギターケースをサッと持って、
逆の手でアタシの手を繋ぐ。
「行こうか」
反抗することも出来たはずなのに何故か出来なくて、
流されるままアタシは、アイツと共に出掛けた。
アイツが向かった先は、有名ホテルの中。
戸惑ってるアタシに「大丈夫だから」っと声をかけて、
エレベーターへと乗り込んでいく。
「いらっしゃいませ。
真梛斗さま」
手を繋がれたままアタシが向かったのは、
窓越しに見る夜景が綺麗なバーだった。
「いきなりすいません。
二人なんですが、奥の部屋空いてますか?」
「はい」
そんな声をバーテンダーと会話して、アタシは奥の部屋へと案内された。
奥の部屋は個室になっていたのに更に窓越しの夜景が綺麗だった。
「ごめんね。
どんな店に連れてきていいかわかんなくて、
行きつけの場所になっちゃった。
飲みたいもの注文していいよ」
そう言って、申し訳なさそうに告げるアイツ。
残念なことに日頃、缶チューとビールが主流のアタシには、
名前を見ても何が何だかシンクロしない。
「カシスコーラって出来る?」
思いついた名前を呟く。
「了解」
そう言うとアイツは個室を出ていく。
暫くすると、グラスを二つ手にして戻ってきた。
「軽く食べるものも注文してきたよ。
お腹空いちゃって」
そう言いながら戻ってくる。
暫くすると、ピザにパスタにチーズ、生ハム・サラダ。
あっという間に運び込まれて、テーブルが一杯になった。
「口にあえば食べて。
これ好きなんだ」
そう言いながら、少しずつお皿に取り分けてアタシの前に差し出してくれる。
そして自分の皿にも盛り付けると、いただきますっと声を出して、
アイツは美味しそうに食べ始めた。
そんな視線を追いかけていると、「狭霧さんも食べてよ」っとアイツはすすめる。
そんな声に誘われるように口に運ぶと、凄く美味しかった。
こんなにも食事が美味しいって思ったことって、久しぶりかもしれない。
その後も、お任せのアルコールが次々と運ばれてくる。
スマホで撮影して、写真を記念におさめたいくらい。
そんな心をグッと堪えて、アタシは狭霧としてアイツと会話を楽しんだ。