【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~

「由毅【なおき】、晃介【こうすけ】」


俺たちの母方の血筋である早谷【はやせ】家の二人に声をかける。


「光輝兄さん、竣佑兄さん、ご無沙汰しています」

「先日の情報提供有難う、由毅」

「いえ。それより、あの時の蒔田如月さんは光輝兄さんの大切な方なのでしょうか?」


由毅の問いに声を詰まらせる俺の隣、
竣佑が「彼女は兄さんの婚約者。近々入籍予定なんだ。結婚式、披露宴の招待状は決まり次第、発送すると思うけどね」っと伝えると、
由毅は「彼女を早谷のセキュリティーにも登録しておきます」っと短く告げた。


「晃介もフレンドキッチン部門で着々と評価が上がっているみたいだねー」

「まだまだ勉強することばかりですが」

「オレだって日々、勉強することばかりだよ。
 さて真梛斗の仏壇に手だけあわせて、ホテルへ移動しようか」


竣佑の声に俺たちは通いなれたエンドランスからカードキーでセキュリティーを解除して、
専用エレベーターへと乗り込む。

そして13階に到着した時、ゆっくりとエレベーターからおりる。


「光【こう】くん、竣くん、由毅くん、晃介くん。
 良く来てくれたねー」


エレベーターから降りた途端に真梛斗のお祖父さまが姿を見せた。


「月命日なので、お参りをさせて頂きたくお邪魔しました」

「あぁ、孫に会ってやって」


そう言うと、お祖父さまは俺たちを部屋の中へと招き入れてくれた。

大きな仏壇の前、俺たち四人は正座して、おりんをチーンチーンと二度ほど鳴らすと、
暫くの間、手を合わせた。


その後、俺たちは再び、車に乗り込んでアクアホテルへと移動する。


アクアホテルでは天城の新しい後継者のお披露目会が行われる。

竣佑の車に乗る俺たちと、早谷のリムジンに乗る二人。
二台の車がアクアホテルへと到着したときはすでに大勢の人が集まっていた。


車から降りてホテルの中へと一歩踏み入れると、次から次へと関係者から声がかかってくる。


「これはこれは、光輝様。ご無沙汰しています。
 うちの娘が光輝様と会いたがっているんです。
 お時間を作っていただけませんか?」

「光輝様、こちらにいますのが私の娘。美奈穂です」



っと挨拶と同時に、娘の売り込みが激しくなるうんざりする時間。


すると、そんな俺を見ながら笑ってる懐かしい親友が顔を見せる。


「光輝、相変わらずだねー」

「裕真、君こそ、こういう時は大変だろう。
 俺以上に声がかかるんじゃないか?」

「どれだけ私に声をかけても、私の心は決まっているからねー。
 後は時期が満ちるまで待つだけだよ」


そう言って、裕真は含みのある笑みを浮かべる。


「それより、裕真は何時帰ってきたの?」

「今朝のフライトで。
 今日は伊舎堂の身内の都合がつかなくてね。
 たまたまこっちで用事もあったから」

「用事は凛華さん絡み?」

「知っていてそれを聞くかい?光輝?」


そう言って、裕真は俺の隣で笑う。

「裕真、光輝は婚約したんだよ。
 この間、母の所に着物の注文が入ったからねー。

 光輝の婚約者は誰だと思う?
 名前を母から聞いた途端に、やっぱりそうなったんだーって。

 狭霧。悧羅祭で歌ってた、蒔田如月。
 彼女と光輝は正式に婚約した」


一綺が楽しそうに話す会話を聞きながら、裕真の視線のは俺の方へと向けられる。
蒔田如月が、真梛斗の思い人であることは裕真にはバレているから。



その後も竣佑たちとは別行動で、それぞれに後継者発表の会場で過ごし、
終わったと同時に、一綺の車へと乗り換えて、真梛斗のお墓へと向かった。

真梛斗のお墓に、裕真が参りに来たことが一度もなかったこともあるけれど、
お参りという名の連行という方が言葉的にはしっくりくるのかもしれない。


墓地の駐車場へと車を止めると入り口近くのお店で、
花と線香を購入して歩いていく。


そこは綺麗に手入れされて草一つ生えていない状態で俺たちを迎え入れてくれた。


天城家先祖代々の墓と掘られた正面。
そしてその隣に墓誌には、真梛斗の生きた証が記されていた。


俺たち三人は、それぞれに墓地の前にたって静かに手を合わせる。


俺は婚約となった今も、如月との想いを真梛斗へと話し続ける。


真梛斗は今の俺が、如月の傍で支えることを許してくれるだろうか……。
そんなことを考えながら。




「光輝、拗らせすぎだよ。
 まさか婚約を承諾した今も天城に遠慮してるの?」


一綺の『遠慮』の言葉に、俺は戸惑った。
俺は遠慮しているのか?



「本当、一綺がそう言うのも無理ないよね。
 光輝は拗らせすぎだよ。

 真梛斗が事故った現場に居合わせたのもあるんだろうけど、
 心が引きずる前に対応しないと抜け出せなくなるよ。

 兄さんにアポとる必要があるなら、連絡しておくけど」


裕真の口から出た兄さんが裕さんをさすことは知っていることで。 
だけど今、裕さんに会う勇気も俺にはなくて。

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