【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
抜け殻になったアタシを知られたくないから。
誰かに声をかけられたら、声を弾ませて何時ものアタシを演じる。
演じられてるはずなのに、何処か違和感が残る。
「んじゃ、如月。
また顔出すわ」
気が付いたら澪と夕方まで、街の中を歩いてた。
駅の改札で澪と別れると、近所のコンビニでタバコを注文する。
『きさ、また煙草?
吸いすぎだよ』
そう言ってアタシの指から、タバコを取り上げる手はもうない。
アイツの手を切り取って、もっと早くにアタシの体に巻き付けてたら……、
アタシは今も満たされてたのかな?
ふと脳裏に浮かぶ、そんな歌詞を思いだしながら、
アタシは「バカみたい」と小さく呟いた。
自宅に帰って、タバコを燻らせながらボーっと過ごしていると、
スマホに懐かしい名前が表示される。
三枝美織(さえぐさ みおり)。
アタシの学生時代からの親友で、三枝カンパニーの社長令嬢。
今のアタシしか知らない奴からは、想像もつかないような親友かもしれない。
「もしもし。美織……」
「ねぇ、如月、助けて……。
私(わたくし)、このままじゃ結婚させられる。
私は自由に結婚したいのに……。
私には龍之介(りゅうのすけ)がいるわ」
龍之介って言うのは、美織の初恋の存在で、親に反対されながら今も想いを通じ合ってる恋人で。
美織の家族には認めて貰えないゆえに、たびたび浮上する縁談話。
そのたびに、こうやって助けを求めて電話をかけてくる。
こんな時は、アタシの【頼られたい、姉御肌スイッチ】が自動的に入ってしまうらしく、
次の瞬間には
「わかった。わかったから、電話の向こうで泣くなって。涙止めなっ。
泣きたかったら、家まで来なよ。そしたら抱きしめてあげられる。
アタシが話しつけに言ったげるから、お見合いは何時?」
「4日後の9時」
「4日後かぁー。その日はアタシ、法事で行けないから、その前に相手を呼び出してよ。
そしたらアタシが破談にしてあげる」
そんなことをサラっと口にしてしまうアタシ。
「有難う。如月……」
「ほらっ、ちゃんと泣きやみな。
離れてるんだから、泣いたってなにもしてあげられないんだからね。
電話、待ってるから」
そう言って電話を切ると、そのままバイト先へと直行する。
大学を卒業してるからお世話になってるのは、
老夫婦が営んでる居酒屋。
「おはようございます」
「あぁ、如月ちゃんおはよー。
今日も頼むよー。
早速だけど、二番テーブルさんに行って来てもらえるからな」
「着替えてすぐ行きますねー。
って言うか、おばちゃんもこの間、ぎっくり腰したばっかりなんだから、
無理しないでくださいねー」
「有難う。
そんな優しいこと言ってくれるのは、如月ちゃんだけよ」
そんな会話をしながら奥の控室で早々に着替えを済ませて、
フロアーへと出る。
「おっ、如月ちゃん。
今日は出勤日だったんだねー」
「えぇ。
いつも有難うございます。えっと……貝原様」
常連のお客さんの名前を思い出しながら、声をかける。
「おっ、嬉しいねー。
如月ちゃんが俺の名を呼んでくれるなんて……」
そんなことを言いながら酔っぱらったおじさんの手は、
アタシのお尻の方へと伸びてくる。