【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
「光輝、天城が亡くなった二月から時間は流れてる。
もう秋だよ。秋」
「そうだねー。時間は動いてる。砂時計の砂は永遠に止まり続けることはないはずだよ。
もしその砂が止まっているのなら、それは止めているだけ。
真梛斗が光輝が、蒔田さんに思いを寄せていたのは知っている。
そして真梛斗自身は、もう蒔田さんを守ることは出来ない。
だったら、光輝が蒔田さんの傍で彼女を支え幸せにすることは嬉しいことなんじゃないかな?」
裕真の言葉に俺は再び真梛斗が眠る墓へと視線を移す。
☆
真梛斗……俺が如月を幸せにしていいか?
☆
その問いかけに心の中に、久しぶりの友の声が響いた気がした。
「さてっと、裕真。久しぶりにうちに寄ってよ。
母上がお待ちかねだよー。
光輝は今から、入籍と結婚式の準備だろ。
母上が五着ほどデザインして納品してたから、蒔田さんが気に入るのがあればいいんだけどね」
一綺の言葉に午後からの予定時間が迫っていることに気が付いた。
「三杉の家まで送るよ」
一綺の運転で実家へと送り届けてもらう。
「遅くなりました」
部屋の中に入ると、すでに蒔田家の両親と、如月が姿を揃えていた。
「光輝、蒔田さんがちょうど訪ねてきていてね」
「光輝さん、ご無沙汰しています。
娘は如月は大丈夫でしょうか?」
少し不安げに声をかけてくるのは、蒔田の母。
「如月さんは自分には十分すぎるお嬢さんですよ。
御心配には及びません。
本来ならもう少し早くお邪魔させて頂いて、
一日も早くご署名を頂きたかったのですが、仕事の関係で遅くなってしまいました。
こちらの婚姻届の証人欄にご署名いただけますでしょうか?」
手にしていたファイルから婚姻届けを取り出すと、
万年筆と共に、蒔田の父の方へとお願いする。
婚姻届には、すでに俺と如月、そして三杉の父のサインが記入されていた。
「さっ、貴方。光輝さんの気が変わらないうちに、こちらにサインを」
俺の気が変わらないうちにって……。
蒔田の母の言い分に引っ掛かりを感じながら、俺は蒔田の両親を見守る。
蒔田の父は、万年筆を手にしたまま一向に署名をする気配が感じられない。
そんな蒔田の父を、蒔田の母はせっつく様に促す。
「如月、戻るなら今だよ。
お父さんは、お母さんやお祖父さんたちが何て言おうと、
如月に幸せになって欲しいんだ。
戻るなら今だよ。お父さんがこのサインをすると婚姻届は成立する」
「何してますの?
これは如月の幸せの為ですわ。
三杉光輝さまの伴侶になれる。
このうえない、幸せの縁談でしょう。
もう貴方に任せておけませんわ。私が署名します」
蒔田母が、蒔田父の手から万年筆を抜き取ろうとしたとき、
蒔田父は珍しく声を荒げた。
「俺は如月に聞いている。
母さんには聞いていない。
如月、どうなんだ?」
蒔田父の問いに、俺の両親の視線も如月へと降り注がれる。
「どうぞ、ご署名ください」
如月は、ただそれだけ告げた。
「如月、本当にいいんだな」
蒔田父はもう一度、念を押すように問い直す。
「大丈夫って言ってるでしょ。
私は倖せになるわよ。心配しなくても。
この数日間だったけど、一緒に生活して楽しかったもの」
如月がそう言うと、ようやく蒔田父は頷いて婚姻届に署名して、
「娘を宜しくお願いします」っと深くお辞儀をした。