【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
「お嬢様、旦那様のお申し付けで、新田さまがお迎えにみえました」
「有難う。
今行きます」
こらっ、如月。
ここからはちゃんと、蒔田如月としてのアタシに徹しろ。
余計な感情何ていらない。
そう、余計な感情何ていらない。
アタシには真梛斗の優しさがまだ残ってるから。
自分に自己暗示をかけるように心の中で呟くとアタシは鞄を手にして三橋に見送られながら、
新田さんが運転する車へと乗り込んだ。
迎えに来ていたのは真黒な高級車。ロールスロイス。
「どうぞ、如月さま」
新田さんが後部座席を開けたまま、アタシを車内へと誘った。
キョロキョロしたくなる自分を押さえながら、何とか乗り込む。
するとドアが静かに閉じられて、運転席に乗り込んだ新田さんが車を走らせ始めた。
車が動き出すと、やっぱり車好きのアタシがじっと出来るはずもなくて。
大人しく後部座席で会話をしないまま座っていようと思ったはずなのに、すぐに崩れ去った。
「如月さま、どうかなさいましたか?」
「ごめんなさい。
滅多に見ることの出来ない車を見かけたから。
ロールスロイスですよね。
凄く静かなんですねー」
「如月さまは、車がお好きなんでしたね。
悧羅時代より、そのようにお見受けいたしております。
こちらはロールスロイスのゴーストタイプですね。
ファントムタイプもありますが、そちらは光輝のお母さまの専用車ですね。
そちらにもいづれ、乗る機会は出てくると思いますよ」
新田さんはアタシの想いを察してたか、そう教えてくれた。
ゴーストかぁー。
顔は好みじゃないんだけど、貴重な体験だわ。
「如月さま、そろそろ光輝の実家に到着します」
車の中でテンションが上がりすぎてしまったアタシも、
慌てて自己暗示の仮面をかぶる。
やがて車は大きな門を通過して、大きな洋館の前へと停車する。
すると中からドアマンらしき人が出てきて、すぐに後部座席のドアを開けた。
ゆっくりと車から降りると、次は執事さんっぽい方がアタシを迎え入れる。
「お待ちしておりました。
光輝坊ちゃまはまだお戻りにはなられていませんが旦那様と奥様は、
先ほど、訪ねて来られました蒔田ご夫妻と応接室で談話されております。
どうぞ、ご案内します」
えっ?
ウチのババアと父親が来てる?
執事のその言葉に一気にテンションが下がって、
下降していく精神は、アタシの表情に能面をかぶせてくれた。
「談話中に失礼いたします。
如月さま、ご到着なさいました」
執事さんが部屋の中に声をかけると、「待ってたわよ。如月さん」っと中からドアが開いて、アイツのお母さんが姿を見せる。
「遅くなりました」
社交辞令的にお辞儀をして室内に入ると、アイツのお父さんも立ち上がって迎え入れてくれた。
「すまないね。まだ光輝は到着していないんだ」
「さぁ、こちらに座って」
アイツのお母さんに促されるままに、ソファーへと腰を下ろす。
「如月さん。光輝様と一緒に暮らし始めて、ご迷惑おかけしてませんか?
貴女は昔から気が利かないところがあるでしょう?」
……また始まった……。
ババアがアタシの事を話始めるのが耳に届くと、アタシは聞かないように自分の中へと意識を閉じ込めていく。
それがアタシ自身を守る唯一の術だと学習したから。
「如月さん?聞いているの?全く貴方は……」
「蒔田さん、そんなにご心配なさらなくても、如月さんは十分に光輝をサポートしてくださってますわ」
「まぁ。そう言っていただけて嬉しゅうございますわ。
でも如月さん。
今日が大切な日だって、どうして知らせてくださらなかったの?
話を伺うと、結婚式の打ち合わせなのでしょう?
お母さまも、お父様も恥をかくところだったじゃない?」
ババアの言葉は今も続く。
どんなに閉ざそうとしても耳につく声は、アタシを今も昔も突き刺していく。
「まぁまぁ、蒔田さま。
大切な日取りをお知らせしませんでしたのは、私共の息子、光輝にも落ち度はありますわ。如月さんだけを責めないでくださいませね。
結婚式は私たちのためのものではなく、光輝と如月さんのためのものですもの。
先に二人でまとめて、その後、私共に報告しようと思っていたのかも知れませんしね」
そう言って必死にババアを慰めようとしているアイツの母親。
そんな光景を見ていると、本当は恥ずかしくてたまらない。
今にも怒りに怒鳴りたくなる。
そんなババアの態度に、何も言えないでいる父親も情けない。
あぁ-っ、もうっ。
耐えかねて怒鳴りそうになった頃、「ただいま戻りました」っと、部屋の外から待ち続けた声が聞こえた。