【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
「失礼。
俺の連れにどんな用でしょうか?
中尾物産(なかおぶっさん)の中尾社長」
連れ?
中尾物産?
えっ、このジジイ……茶葉とかで有名な、あの中尾物産の社長だったの?
「あっ……」
目の前の若い男の人の顔を見た途端に、
ジジイの勢いはなくなった。
「すまない。儂の連れの美織だと思ったんだ。
美織とは、暫く会っていなくてね。
今はさぞかし美人になってると思うんだ。
こちらのお嬢さんが、美織と似たような年頃であまりにも美しいから……」
言い訳がましく言いながら、
この場所から、すぐにでも立ち去りたそうに距離をとっていく。
「そうですか……。人違いですか……。
てっきり貴方の悪い癖が出たのかと思いましてね」
「いやっ、そんなことは……。
勘違いだよ。
君も……先ほどは済まなかった。人違いだったようだ」
流れ出る冷や汗をタオルで必死にふき取りながら、
ジジイはアタシたちの前から姿を消した。
「あの……」
助けてくれたその人に声をかけるも、
すぐに似たような年の別の男性に呼ばれてアタシに振り返ることなく、
その人は姿を消した。
振袖姿のまま美容室に戻って荷物を受け取ると、
そのまま私は電車を乗り継いで自宅へと戻った。
あぁー疲れたー。
バイト時間まで少し休もう。
目を閉じても、さっきのキモイ・ジジイが浮かび上がって休めたもんじゃない。
美織に一応状況を報告して役に立てなかったことを告げた。
「ううん。
有難う……如月。私、今日……龍之介とこの街を出ようと思います。
また落ち着いたら連絡しますわ」
それだけ言い残して、美織の電話はプツリと消えた。
その日から週末までは、何時もと変わらない日々の繰り返し。
そして実家から「おばあちゃんの法事、帰ってきなさい」っと珍しく、ババアからの電話。
その大好きな、ばーばの法事の為と、近づきたくない実家へと帰ったその日。
アタシの人生は、どんでもない方向へと動き出した。
ば-ばの法事が滞りなく終わった後、
親戚一同が集まるその場所で、ババアが口を開いた。
「この度は、亡き母の7回忌にご参列くださいまして有難うございます。
母の7回忌に、母が一番可愛がっておりました、私の娘、如月の縁談が決まりましたことを、
皆さまへご報告申し上げます。
如月は明日、婚約者の元へと輿入れいたします」
はっ?
ごめん、何、勝手なこと言ってんだよ。
ババア。
睨みつけながら叫ぼうとした瞬間、誰かが背後からアタシに何かをした。
その瞬間、アタシの体は地面へと引き寄せられる。
次にアタシが目覚めたのは、両腕を後ろに縄でくくられた暗がりの部屋。
部屋の暗さに目が慣れたころ、キョロキョロと周囲を見つめると、
そこには見たことのない振袖が飾られている。
そこで……アタシも美織の事なんて言えない。
ずっと無縁だった「許嫁」「政略結婚」。
その現実がアタシの前にも降り注ぐ。
自虐的に自分を狂ったように笑うしかなかった。
真梛斗が居なくなった世界。
罰があたったのよ。
誰もいなくなった箱庭で、
アタシは狂ったように笑い続けた。