【B】箱庭の金糸雀 ~拗らせ御曹司の甘いぬくもり~
「光輝、どうした?」
「あぁ、竣佑。
悪い」
「何?
早速、如月嬢と喧嘩でもしたの?」
なんて弟は俺を茶化してくる。
「喧嘩はしてないよ。
如月は実にいい奥さんだよ」
そう……いい奥さんすぎて、
何処か物足りないんだ。
「いい奥さんだけど、何かが欠けてるって顔してるね。
昔さ、うちの最高総がオレたちにずっと言ってたよ。
人のかかわりは些細なピースのすれ違いだけだよ。
よく見て、神経を研ぎ澄ませれば、
おのずと解決策は見えてくるってさ」
竣佑が言う最高総が、
昂燿校出身の裕真の兄貴である伊舎堂裕であることは俺も承知してる。
「ピースのすれ違い。
簡単に言ってもなぁー」
俺にとっての、如月に足りないものは、
あの頃からずっと好きだった歌だと思う。
だけど、今のアイツは、
大好きだった歌が歌えない。
歌えないと苦しんでる存在に、
無理やり歌を取り戻そうとさせるのは俺のエゴのような気がして……。
「光輝は、如月嬢に何が足りないって思ってるのさ」
「俺は前みたいに、歌って欲しいよ。
ずっとアイツの歌声を見守ってきたから」
「だったら、光輝はそれをちゃんと伝えてやればいんじゃない?
俺たちの家。
三杉財閥の次期社長候補の妻が、
ストリートで歌ってる姿って考えたことある?」
竣佑に言われて、
俺は思いもしていなかったことにハッとさせられる。
如月は、歌いたい気持ちを……三杉の家柄に遠慮して、
歌ってはいけないものだと思ってるのだろうか?
だったら、俺が出来るのは一つしかない。
アイツに、「自由になれ」って、
好きなようにしていいんだって俺の言葉で伝えること。
……なんだ、
そんな簡単なピースに俺は気が付くことが出来なかったのか……。
情けなさすら覚えながら、
俺は竣佑に礼を言って、
そのまま午後からの仕事をやり終えて、
如月が待つマンションへと急いだ。
チャイムを鳴らした途端に、
慌てて玄関まで俺を出迎えに来る如月。
その後ろからは、
三橋が「お帰りなさいませ。旦那様」と姿を見せる。
三橋が鞄を受け取ろうというのを妨げて、
如月は俺の鞄を受け取ると、
真っすぐに俺の部屋の前へと移動した。
そして、黙って俺の方を見る。