ディモルフォセカの涙
 紅茶を淹れながらも、私の視線は何度と時計を見つめる。

 『今日は無理!』----そう決めて家を出て来たのに、私は頭の中で時間を組み立てる。

 今から行けば間に合う。一度家に戻る時間はどうだろう、ありそう?


「お嬢、お湯が溢れてる!」


 ポットのボタンから慌てて手を放すけれど、時、既に遅し!カップに受け止めきれなかったお湯は溢れ、テーブルから床へと滴り落ちる。その色は透明、私は、紅茶の葉を入れ忘れていた。


「どうした、何かあるのか?
 思いつめた顔して……」

「ごめんなさい、用事を思い出したわ
 私、行かなくちゃ」

「行くって何処に?」

「王、戸締りして帰ってくれる

 鍵はいつものところに

 じゃあ、お願いね」

「えっ、おいっ!」


----しなくてはいけない作業が山のようにあるのに、私はそれを放置して教室を出た後真っすぐ自宅に戻り、着替えを済ませてこの場所に来ていた。

 そう、ここはライブハウス。

 カナタさん、貴方が出演するだろうライブ情報は全て、この中にインプットされている。スマホを見つめる私、ユウさんからのメッセージが入っている。----『今夜は遅くなりそう……』

 連絡するのはもう少し後でいい。
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