ディモルフォセカの涙
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「岸口ユウ様、入られました」


 ここは、とある大型ショッピングモール。室内の特設ステージにて、14時よりトークイベントが開催される。主に、明日リリースされる新譜のプロモーションである。

 私は人前で話すことが苦手で、これが一番苦手な作業。頭痛に胃痛、ストレスを感じずにはいられない。緊張に押しつぶされそうな私に聞こえる声。


「ユウ、今日まで畳み掛けて来たプロモーション
 その最後、お披露目頑張ってね」

「歌って終わりじゃダメですか?」

「何言ってるの、あなたの声を聞きたくて
 たくさんのファンが整理券に応募して
 その中から当選した人が今回集まって
 くれているのよ……」

 
 私の肩をポンと強く叩くと彼女は話を続けた。


「当たらなかった人も立ち見で後方まで
 あんなにたくさん
 
 何も話さずにお開きとはいかないわ
 
 それに、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


 彼女はマネージャー兼社長の戎家(えびすや)さん。会長から譲り受けた小さなモデル事務所を自分の代で大きく飛躍する為にモデル業界だけに留まらずいろんな分野を開拓し続け、戦略を考え、その全てを成功させてきた。

 そんな彼女に現在、猛烈にプッシュ・押を受けているのはきっと私だろう。

 だからそれに答えたい気持ちはある、だけど曲作りと歌うこと以外全く興味のない私は……
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