ディモルフォセカの涙
 語りかけて止める私----今ここで自分の名を言うことはできない。口ごもる私の耳元に彼女は唇を寄せた。


「知ってる、ユウ

 ユウさんでしょう

 隠してもダメ、私にはわかるもの」


 自分の名を言い当てられてびっくり、いつもの黒縁眼鏡と帽子でうまく隠れられていると思っていたのに……。黙り込む私を見兼ねて彼女は言う。


「あっ、勘違いしないでよ

 有名だからって近づいた訳じゃないから」

「ああ、わかってる

 それに私なんて、まだまだ……」

「はいはい、ご謙遜を、あっ
 あっち早く出れそう、行こう」

「うん」


 私達は恋人同士のように腕を組んだまま、野外に出た。やっと解放された体に吹く風はとても心地良く自然と微笑み合う。

 夜なのに、街頭の光で明るい街----賑わう人々の群れ、立ち尽くし道を塞いで今日のライブのあれこれをワイワイと話すファンの人達があちらこちらにいた。

 次第に外の気温に順応し出す私の体はブルッと震える、秋の夜----


「夜は寒いねえ、風邪引いちゃう」


 前屈みに体を丸めて手の甲を擦る彼女、たくさんの汗を掻いて濡れた服は肌に冷たく私達はお互いに上着を羽織る為に組んでいた腕を解いた。


「あそこ、あそこで人が引くまで話してよう」


 彼女は道路の向こう側、営業を終え閉まっているお店を指差した。
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