ディモルフォセカの涙
 誰もが知る有名な曲を集めたカバーアルバムを、この私なんかが歌っていいの?----アーティストとして世に出せる作品ができるだろうか?私は、まだまだ未熟者。この件は少し不安で乗り気にはなれない。

 彼方なら、何て言うだろう?「やってみれば」そう言うかな?----私の話を彼方に聞いてほしい、今までもそうだったように。

 彼方に連絡を取ろうとして見つめるスマホの画面。ライトが消えて画面は真っ暗になる。


「あと、ユウ

 ライブハウス、まだ通ってるの?」

「いえっ、もう通ってません」

「そう、それがいいわ」


 私は、スマホをポケットにしまった。


----事務所を出た後、私はいつものように実花さんの音楽教室へ向かう。

 実花さんは、授業が休みの日も音楽教室に通い、生徒さん一人一人にあったカリキュラムをその都度見直ししたり、事務的なことを片づけたりしている。

「仕事を終えた」と連絡は入れたけれど、実花さんからの返事はない。----電車を乗り継いで駅に着いた私は、いつかのように、駅に隣接するスーパーで時間を潰してみたけれど、実花さんからの連絡は一向になく、私はお土産を手に歩き出した。

 とりあえず、このまま教室に寄ってみよう。----外から、教室を見上げると少しだけ開いた窓から、カーテンが外へ揺らめく様子が見えた。実花さんは、やっぱり今日もこの場所に居た。
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