ディモルフォセカの涙
 実花さんはその男性の傍に近づくと、耳元に唇を寄せた。そう、いつかの私にしたように。----魅惑的なその横顔は、私の知らない実花さんだった。

 男性の腕が実花さんの華奢な体を包もうとしたその時、動揺してしまった私は、少し開いていた扉を閉めてしまい、バタンと音が辺りに響いた。実花さんによって、開かれる扉……


「ユウ、来てたの?」

「うん、今っ、来たところ

 ごめんなさい、連絡したんだけど……」

「えっ、本当、ごめん
 ギター弾いてて気づけなかった
 
 もう、打ち合わせは終わったの?」

「うん」

「だったら、もう時間つぶしはお終い
 帰りましょう

 あっ、その前におトイレ行ってくる

 部屋で待ってて
 
 ほらっ、疲れたでしょう、座ってて」

「うん、ありがとう」


 急いで、教室を出て行く実花さん。通された部屋には見知らぬ男性がいて、何とも言えない空気が漂う。男性と、二人きり----私、男の人は彼方以外、苦手なんですけど!

 シーンと静まり返った室内、男性は実花さんが弾いていたギターを手に取ると、さらっとだけ弾いた後、ギターを片づけながら私に話をする。


「その、君は
 お嬢の新しい彼女かい?」


 お嬢----それは、実花さんの呼び名。以前、飲み屋のマスターも彼女のことをそう呼んでいた。彼も実花さんのお父さんの知り合いの人かな?それにしては、随分と若いような。
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