婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
「それはなかなか難しい注文だが、善処しよう」
本当にその気でいるのかわからないけれど、貴晴さんはフッと鼻で笑って和久井さんに約束をする。
そして「里桜?」と私を見た。
「俺の優秀な秘書の提案は、今まで間違いはないんだ。だから、里桜のために婚約者ということは一旦伏せることにするよ。里桜もその方が働きやすいんだよね?」
軽く流していたような気がしていたのに、和久井さんの話を聞いて実はそのつもりでいたのかもしれない。
貴晴さんを見て、しっかりと頷く。
「はい。その方向で、お願いします。一生懸命勤めさせていただきます」
そう意気込んで言った私を、貴晴さんは気が抜けたようにフッと笑った。
「ありがとう、期待してる。でも、肩の力は抜いて、リラックスね」
「あっ、は、はい!」
表参道にあるオフィスへは、車でさほど時間もかからず到着した。
青山に自宅を構えたのは、この場所に出社しやすいという利点もあったのだろう。
人が多く往来する歩道を通過し、車は敷地内へと入っていく。
「この、建物ですか……?」
独創的な形と、ガラスとコンクリ―トのコントラストが表参道という土地に馴染む、近代的でデザイン性のある個性的なビル。
見入るうちに吹き抜けになっている一階部分を抜け、車は建物裏から入れる地下駐車場へと進んでいった。