婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
お言葉に甘えて会場をあとにし、ひとりレストルームへと向かう。
腕時計に目を落とすと、時刻は十五時半をまわっていた。
イベントもあと三十分ほどで終了となる。
貴晴さんは、何か重要な連絡でも入ったのかな……?
通話に応じながら出ていって、その後まだ戻ってきていない。
個室から出て手を洗い、鏡で自分の姿をチェックする。
今日は、黒のパンツに白のアンサンブルニットという恰好。
イベントに立つ時は、スタッフは目立たないカラーのスーツやパンツスタイルが推奨されている。
要は華やかに着飾ってくる参加者の邪魔にならない恰好ということだ。
パンツのポケットからパウダーファンデーションのコンパクトを出し、ベースメイクの手直しをする。
「……よし」
誰もいないレストルームから出ていくと、イベント会場方面からギクリとしてしまう人物がレストルーム方面に向かってくるのが目に入った。
反射的に俯き加減になり、壁際を足早に歩いて会場へと向かう。
大丈夫、前のことなんて絶対覚えてない。だって、今日は声掛けられてないんだもん、絶対大丈夫……。
床を見たまま進んでいくと、「あの!」という呼びかけと共に足下を見る視界に対面した男性の革靴が映った。