婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
ドアを開け、貴晴さんは私を手放さず部屋へと入る。
完全にふたりきりの空間が確保されると、貴晴さんはその両手に私をかき抱いた。
「嘘ついて、ごめん……妻だなんて」
律儀にそんなことを謝られて、腕の中で横に首を振る。
むしろ、私のためにそんなことを貴晴さんに言わせてしまったほうが申し訳ない思いだった。
「こんな話をするために、ここに連れてきたかったわけじゃないのにな……」
頭上でそんな呟きが聞こえると、肩に手を置かれて体が離される。
「おいで」と言った貴晴さんは、部屋の奥へと私を先導していった。
あの日は夜景を見た、高層階からの大パノラマ。
今はまだ明るい空が広がり、海とかなり遠くの街までが覗いている。
先に部屋の奥へと入っていった貴晴さんは、ソファセットと置かれたローテーブルから何かを取り上げると、広いガラス窓の前で立ち止まった。
遅れてその背後に立つと、貴晴さんが振り返る。
その手には、ベロア素材の小さな黒い箱が載っていた。