婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~


「すみません、私、お手洗いに――」


 一旦落ち着こうとスツールを下りかけた時――足下が上手く着地しそびれ、体勢を崩しかけてしまう。

 そんな覚束ない私に、成海さんは初めから気付いていたかのように手を差し伸べ支えてくれた。

 力強い腕のおかげで転ぶこともなく、体勢を立て直す。

 でも、腕を取られたまま抱き寄せられてしまい、再び鼓動が早鐘を打ち始めた。

 私の耳元に寄せた彼の唇が、間近で「大丈夫?」と囁く。


「す、すみません……」

「結構酔っちゃってるみたいだけど、ひとりで行ける?」

「はい、大丈夫です」


 むしろ、ひとりで行かないと落ち着けない。


「ん、じゃあ、行っておいで」


 そっと私から手を離した成海さんは、スツールへと掛け直す。

 ぺこっと頭を下げ、慎重な足取りでレストルームへと向かった。

 ひとりになると、頭の中で〝どうしよう、どうしよう〟が大量発生。

 声に出して言ってしまっているような気がして、慌てて口元を押さえた。

 こんな夢みたいなことが、私の身に本当に起こることなの……?

 全てに半信半疑のような状態で、今起こった一連の出来事が信じられない。

 お手洗いから戻ったら、〝成海さん〟なんて人は幻のように消えてたりして……。

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