婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
いつの間に指定していたのか、エレベーターは先ほど見た格式高い客室フロアへと到着する。
成海さんは私の背に腕を回し、エスコートするようにフロアの通路を歩いて行った。
鼓動が〝どうしよう、どうしよう〟と音を立てている。
このまま彼についていけば、経験が乏しい私でもなんとなくこのあとの展開は想像がつく。
このまま流されていいものか。それとも、流れを変えて立ち止まるべきなのか。
でも、今の私に足を止めるという選択肢は不思議と存在しなかった。
こんな素敵な男性に「帰したくない」なんて言われること、この先の人生でもう二度とあるわけがない。
もう少しだけ、この夢みたいな時間が続いたら……。
お酒の力も手伝って、そんな気持ちを抱いていた。
部屋へと到着し、カードキーでドアが開かれると、先に入るように「どうぞ」と促される。
そろりと中へ足を踏み込んだところで、背後から包まれるように抱き締められた。
ふわりと、成海さんが纏う香水のいい香りが鼻孔をかすめる。
「ごめんね。もし……もし嫌なら、今だったら帰してあげられる。里桜さんが嫌がることは、一番したくないから」
側頭部からそんな声が聞こえて、眼下で私を抱き締める腕をじっと見つめる。
「……嫌じゃ、ないです」
気付けば小さく、横に首を振っていた。