婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
ロッカールームを出たところで声を掛けられ、「わかりました」と事務所に向かう。
志村さん……確か人事部の部長の人、だよね?
四十代前半くらいの、真面目で静かそうな雰囲気の人だ。
現場にいると、事務所にいる人とはほとんど顔を合わせないから、合っているかは怪しいものだけど……。
それにしても事務所に呼ばれるなんてなんの話だろうと、不思議に思いながら事務所の扉をノックした。
「失礼します、紀平です」
「ああ、仕事前に悪いね」
事務所に顔を出すと、私を呼び出した志村さんは席を立ちこっちに向かってくる。
事務所から続くとなりの応接室に先導していくと、丁寧にドアを閉めた。
やっぱりこの人だったと思いながら、話が始まるのを待つ。
「急な話なんだけどね、実は、紀平さんに異動の内示が出ているんだ」
「えっ……異動、ですか」
予想もしていなかった話に、あからさまに驚いた顔を見せてしまう。
志村さんはそんな様子の私を気にすることもなく、真面目な表情を崩さない。
「異動先は二十三区外の施設になるんだけど、武蔵村山っていうところね。来月いっぴから出勤して――」
「え、ちょっと待ってください! 来月いっぴって……もう半月ないじゃないですか」