婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
「異動……? それは、どうして」
「……こんなこと、利用者さんの洋司さんに言っていいのか、わからないんですけど……私と、働きづらいって申し出ているスタッフが多くいるとかで」
そう言いながら一瞬頭の中で、洋司さんも私の介助や仕事ぶりに不満を持っていたらどうしようと思ってしまった。
スタッフだけに留まらず、利用者さんやその家族からもクレームが入っていたら、と……。
しかし、そんな心配をよそに、洋司さんは朗らかに「里桜ちゃん」と微笑んだ。
「出る杭は打たれる」
「え……?」
「里桜ちゃんは、本当によくやっているよ。みんな口を揃えてそう言ってる。それは、お世話してもらっている僕らが一番よくわかっているよ」
洋司さんの言葉に、勝手に涙腺が緩んでしまう。
涙がこぼれないように目頭を押さえると、洋司さんは車椅子から身を乗り出して元気づけるように私の腕を叩いた。
「世の中、理不尽なことも多くある。だけどね、見ている人はちゃんと見ている。だから、負けちゃいけないよ」
結局ぽろりと涙が溢れ出てしまい、もう誤魔化すことはできなかった。
涙を流しながら「ありがとうございます」と何度も何度も洋司さんにお礼を言っていた。