婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
取り出したスマホの画面には母親からの着信が表示されている。
手に取っていたグロスをポーチに戻し、慌てて通話に応じた。
「もしもし?」
『あ、里桜。もう着いた?』
「あ、うん。少し前に。お母さんたちは?」
『それが銀座駅から迷っちゃって。タクシー使うほどの距離じゃないから歩いてるんだけど、まだ着いてないのよ』
「えっ、迷ってるの?」
地方から出てきて東京のコンクリートジャングルで彷徨うのはよくある話。
慣れない場所なんだから、タクシーを使えばよかったのにと黙って思う。
「わかった。私はもう着いてるから、ロビーで待ってるね。気を付けてね」
迷っているにしても近いところまで来ているはず。
通話を終わらせると、再びグロスを手に取りメイク直しを完了させた。
クールダウンをして落ち着き、レストルームをあとにする。
柔らかい絨毯の床と、通路のところどころに置かれた高そうな木造のソファ。
老舗ホテルの高貴な雰囲気に改めて緊張しながら、開けたエントランスロビーへと向かっていく。
奥は高い天井までがガラス張りになっている造りで、明るい光が射しこんでいた。
中庭が望める開放的なその周囲はラウンジになっていうようで、多くの人がお茶を楽しんでいる。