婚前溺愛~一夜の過ちから夫婦はじめます~
日菜子と別れて電車に揺られ、最寄り駅から歩き慣れた道を帰っていく。
西日が射すオレンジ色の道を歩きながら、もうすぐこの見慣れた景色ともお別れかと気付いて、ちょっぴり寂しい気持ちに襲われた。
職場である『長寿苑 憩いの森』の敷地内すぐ裏に、社員寮が完備されている。
退職すると申し出ると、残りの出勤は使っていなかった有休を消化するから仕事には出なくても構わないと人事から言われた。
「あっ……」
施設の門を入り、寮へと向かって歩いていると、ちらりと向けた視線の先に窓の向こうで手を振る姿が目に入る。
洋司さんが私に気付き、手招きしていた。
手を振り返し、近くにある従業員用の通用口からパスコードを入力して施設の中へと入っていく。
洋司さんの部屋の扉をノックすると、中から「どうぞ」と声が聞こえた。
広い特別室へと入ると、洋司さんは車椅子に乗って窓際から外を眺めていた。
「こんにちは」
「里桜ちゃん、呼び立てて悪いね」
「いえ。どうかされましたか?」
「いや、姿が見えたからついね。引っ越しの準備は進んでいるかな?」
「はい。もう大方終わってます。明日、業者が来る予定で」
そう答えると、洋司さんは「そうか」と微笑む。そして、どこか寂しそうな表情を浮かべた。