【天敵上司と契約婚】~かりそめの花嫁は、きっと今夜も眠れない~
第一章 新婚初夜には不寝番がつくそうです


婚礼の夜。

(ひのき)造りの内風呂で湯浴(ゆあ)みをすませ身を清めた花嫁こと、水森(みずもり)結衣(ゆい)は、純白の巫女装束を模したナイトドレスに身を包み、しんと静まり返った長い廊下を歩いていた。

結衣の手を引くのは、朱の隈取りが入った白狐の半面で目元を隠し、緋袴の巫女装束を(まと)った二人の侍女。

一見しずしずと歩いているように見える結衣の内心は、かなりおっかなびっくりだ。

ただでさえ、奇妙な文様(もんよう)が描かれた布面(ふめん)で額から下を覆われているため、結衣には足元しか見えない。

そのうえ足元を照らすのは、侍女が携えているレトロな手持ち提灯(ちょうちん)をかたどった電灯の淡い明かりだけ。

さらに着なれない巫女装束もどきのナイトドレスの裾さばきのまずさも相まって、気を緩めると転んでしまいそうだ。

大広間で行われていた先刻の披露宴の賑わいが嘘のように、静まり返る廊下に三人の歩く微かな足音と、衣擦れの音だけが頼りなく響く。

(ああ、どうしよう。とうとう、この時が来てしまった……)

避けられない大イベント到来目前の緊張感。

否、絶望感で、結衣は下唇をきゅっとかみしめる。

行く先はもちろん、今宵(こよい)契りを交わし、夫となる男の待つ寝所、(ねや)だ。

まるで時代劇の大奥を思わせる立派な日本家屋は夫となる男の実家で、これからの三日間、結衣はここで新婚の夜、世間で言うところのハネムーンを過ごすことになっている。

それがその昔、水神の祭祀(さいし)をしていたという地元の名士、由緒正しき西園寺(さいおんじ)家の『しきたり』なのだ。


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