【天敵上司と契約婚】~かりそめの花嫁は、きっと今夜も眠れない~
その昔、水害を恐れたこの地の先人たちは、山の湖の主の水神に、生贄の娘をささげたという。
今の結衣の心境を表すなら、まさにその水神である龍にささげられたという供物の気分だ。
そう、まるで人身御供そのもの。
およそ、これから愛する夫と初めての夜を迎えようとしている、幸せいっぱいの花嫁の心情ではなかった。
なぜなら、この結婚が、結衣の本意ではないからだ。
父親が個人事業に失敗して負った数千万円の借金。
簡単に言えば、それを肩代わりしてもらう約束で、結衣はここに居た。
そうしなければ、自分の夢に大博打をうって会社を潰した自業自得の父はともかく、病気がちの母とまだ中学生の弟が路頭に迷うことになる。
それを避けるための唯一の選択肢。
それが、この結婚だった。
つまり結衣は、自分を親の借金の形として、相手の提案に乗り、1年という期間限定ではあるが契約結婚をしたのだ。
神の慈悲か悪魔の采配か。
とにかく1年間、この結婚生活がつつがなく終われば、結衣の家族は路頭に迷うことはなくなる。