【天敵上司と契約婚】~かりそめの花嫁は、きっと今夜も眠れない~


「そんなに緊張しなくても、取って食いやしない」

笑いを含んだ声が頭上から降ってくる。我慢の限界に達した結衣は、煩わしい布面を取り去り、見知ったその顔をきっと睨み上げた。

もちろん、侍女が室外に出てきっちり襖が閉められたのを確認したうえで。

室内も、明かりが落とされ淡いダウンライトの光に満たされている。

いつものスタイリッシュなビジネススーツとはうって変わった白い寝間着に身を包んだ目の前の人物の放つ妙な色香にたじろぎつつ、結衣は背伸びをして敵の耳元に口を寄せ小声でまくし立てた。

「だって、社長っ。なんですか、不寝番って! 不寝番があるなんて聞いてませんからっ」

(しと)やかで内気な新妻を演じている手前、大声を出すわけにもいかないため密着せざるをえないが、できるなら近寄りたくはない。

なにせ、相手は天敵だ。

「契約要項その(いち)。家では名前を呼ぶこと」

ギロリと鋭い視線を向けられ、うっと結衣はたじろぐ。思わず後ずさりしそうになる結衣の腰に力強い腕が回され動きを封じられてしまった。

(近い、近い、近いっ!)

「つ、つ、(つかさ)……さんっ」

今宵夫となる目の前のイケメンの名前は、西園寺(さいおんじ)(つかさ)。30歳。

185センチの高身長、学生時代剣道で鍛えた体と生来の甘いマスク、さらに耳元で囁かれれば即落ちすると言われている低音のフェロモン・ボイスの持ち主で、社内及び取引会社の女子社員たちにとどまらず、パートのおばちゃんに至るまで多くの女性を虜にしている。

ただし、結衣は例外だが。

「そう、いい()だ」

「うっ……」

耳元でささやきを落とされ、結衣は言葉に詰まってしまった。


< 6 / 7 >

この作品をシェア

pagetop