ココロの好きが溢れたら
そのスペースにマットを敷いて準備を終えた時、ハルがリビングに戻ってきた。
そして彼を見てしまったことを私はすぐに後悔した。
まだ乾き切っていない濡れた髪に、暑いのか服を着ていないことで惜しげもなく曝け出された、彼の引き締まった上体。
い、色気が凄すぎるっ…!!
彼に向けた視線をグリンと勢いよく顔ごとそらした。
私、今絶対顔真っ赤だ…。
イケメンの破壊力はやっぱり計り知れない。
必死に自分を落ち着けていると、冷蔵庫が開く音がした。
ハルがサイダーのボトルを取り出そうとしているのが見えて、慌てて声を掛ける。
「あ、待ってハル……」
ハルの名前を呼んで『しまった』と口を閉ざした。
嫌っている相手に馴れ馴れしくハルなんて呼ばれたくないだろうから、本人に向かって言うのはやめようと思っていたのに。
クセというのは、なかなか思い通りに治らないものだと言うことは分かっているけれど。
「ご、ごめ……」
「……なに」
え?
下に向けていた視線を彼に向けると、漆黒の瞳と目が合った。
私を、見てる?
いや、うん。
この家には私とハルしかいないのだから、目が合ってるのは私しかいないのだけれど。
ハルが私の目を見て、言葉を返してくれた。
それだけでこんなにも心が跳ねる程嬉しくなるのだから、やっぱり私はハルが好きだなのだと再認識する。
「えと、冷蔵庫に入ってる紙コップ…」
そんな私の言葉を聞いたハルは、私が用意したサイダーが入った紙コップを手に取った。
私に背中を向けていて表情は分からないけれど、持っていたサイダーのペットボトルを冷蔵庫にしまう様子を見ると、どうやら紙コップのサイダーを飲んでくれるようだ。
グイッと一気飲みし、残った氷をボリボリと噛み砕くハルを見て心から安堵した。
よかった…。
飲んでくれた。
「それ、俺のマット?」
「あ、うん…どうぞ」
私が邪魔にならないようにと場所を移動すると、Tシャツを着たハルがトレーニングスペースに敷いたマットでストレッチを始める。
うわぁ…。
体が柔らかい…。
私なりにクライミングについて勉強してみたけれど、私が思っていた以上にクライミングは過酷な競技だった。
柔軟性・体幹・持久力・筋力・瞬時に登るルートを判断する脳の柔らかさ。
全てが揃っていないと到底できない競技だった。