初めて君に花を贈った日
「うわあ……これは痣になるな…」
人気の無い屋上へ続く階段の踊り場で独りごちる。あのまま特に蹴られた左腕のことは忘れて授業を受けていたのだが、三限目あたりからじわじわと熱を持ち始めていることに気付いて、人気のない場所に退避してようやく傷を見ると、真っ赤に腫れていた。
女の子の蹴りってこんな強烈なのか……。ほんとうに止めてよかったな…。
すぐにでもアイシングするべきなのだろうが、莉央にバレたら逆にこっちが気を使って面倒だ。あまり良くはないだろうけど放課後まで放置するしかないだろうと、傷を再び袖の下に隠そうとした。その時、
「あなたそれ、どうするつもりなの」
聞き馴染みの無い声がして反射的に顔を上げると、意外過ぎる人物が立っていた。
「……池上美鈴」
彼女は静かに近付いて来ると、手に持っていた保冷剤を有無を言わさず俺の左腕に当てた。
「冷やすのが遅いのよ。もうこんなに青くなってるじゃない」
初めて声を聞いた。
俺が唖然としていると、池上美鈴は真顔のまま俺の隣に腰を下ろし、言った。
「あなた今日、学校に来なければ良かったのにね」
「…え?」
「病み上がりに面倒なこと頼まれて、挙句怪我して。こんなとこでこそこそ痛がってるなんて」
「………聞いてたのか。さっきの話」
面倒なこと、とはこのところ様子がおかしい莉央を、大智が俺に託したことだろう。
「……まあ、俺に出来ることならするよ。大智も梨央も大切な友達だし。池上美鈴も、心配してくれてありがとうな」
「………ねえ。あなたそれ本気で言ってるの」
池上美鈴は冷やかに目を細めて言った。知ってる。それは人を軽蔑する目だ。
「私、あなたのそういうところが嫌いなのよ。反吐が出るわ」
「反吐……っ?!」
「保冷剤。自分で保健室に返してよね」
ひらり、と長い黒髪を靡かせて、池上美鈴は去っていった。
なんだかものすごい暴言を吐かれた気がするが、気の所為ではないだろう。
だけどこの保冷剤は、保健室からわざわざ池上美鈴が俺の為に借りてきたように考えられる。
何考えてるか分かんないやつだなあ……。
左腕にあてた保冷剤のひやりとした感覚は、なんだか俺にあいつの目を思い出させた。