私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第9話「お菓子作りのやりがい」
〇ユリシーズ王太子後宮・ローズマリー私室(朝)
ユリシーズ「早く僕に慣れてほしいかな」
そう言ったユリシーズは、ローズマリーの唇を奪った。ゆっくりと顔を離すと、ローズマリーはそっぽを向く。
ローズマリー(は、恥ずかしい……!!)
ローズマリーの顔から熱が引かない。
ユリシーズはローズマリーの反応に、不思議そうに首を傾げた。だが、すぐに照れているのだと分かり、意地悪な顔をする。
ユリシーズ「ローズマリー?こっちを向いて?」
ローズマリー「い、いや……」
ユリシーズは、ぷにぷにとローズマリーの頬をつついた。ローズマリーはムッとしながら、ローデリヒの方を渋々向く。
ユリシーズ「よかった。昨日はよく眠れたみたいだね。顔色がいい」
ローズマリー「ユリシーズ様?」
ローズマリーの顔色をチェックしたユリシーズは、最後にローズマリーの頭を撫でた。
ユリシーズ「また、ローズマリーのお菓子、食べさせてね」
〇王城の厨房(昼)
ローズマリー「……って言われて、懲りずに来てしまったの」
ローズマリーはカリスタと女騎士を連れて、厨房に姿を現した。ローズマリーのやや沈んだ表情を見て、ブラッドはまだ落ち込んでいるのかと勘違いしそうになったが、それは杞憂だった事に気付く。
ブラッド「大丈夫ですよ。きっと殿下もローズマリー様がお菓子作りを辞めてしまわれる方が悲しみますよ」
ローズマリー「ユリシーズ様は本当にお優しい方だもの」
ブラッドはにんまり唇を吊り上げた。
ブラッド「……恋、していますね」
ローズマリー「もう!違うってば!」
ブラッド「私は別にローズマリー様が恋しているとは言ってないですけど」
ローズマリー「うっ……、嵌めたわね!」
完全に墓穴を掘ったローズマリーが呻く。ブラッドはそれに構わずに、さっさと本題に入った。
ブラッド「それで、今日は何を作ります?ローズマリー様が前に言った苺のケーキにします?」
ローズマリー「苺のケーキ?!私でも作れるの?!」
ブラッド「結構大変ですけど……、私が付いていますし大丈夫ですよ」
ニカッと白い歯を見せて笑うブラッドは、頼もしく見える。手際よく調理器具と材料を出し、ローズマリーの準備が出来たことを確認してから、ブラッドは説明をはじめた。
ブラッド「まずスポンジケーキから作ります。スポンジケーキの生地を作って、その後に生クリーム作りと苺の準備をしましょう」
ボウル2個、泡立て器、ゴムベラ、ふるいにケーキ型、そして小さめのガラスのボウルを数個用意していたブラッドは、まずローズマリーにガラスの小さなボウルを手渡した。
ブラッド「ローズマリー様には、最初に卵と砂糖を混ぜ合わせ、湯煎をしながら泡立てていただきます。まず食材の分量を計ってください」
ローズマリー「分かったわ」
ブラッド「まず薄力粉と砂糖、バター、牛乳ですね。分量は――」
ブラッドに言われた通りの分量を、はかりでキッチリと計る。まだ慣れないのが丸分かりな手つきだったが、前回よりはマシになっていた。
その間、ブラッドは湯煎の準備をする。
ブラッド「それでは卵を割って、砂糖を入れて混ぜましょう」
ローズマリー「わ、分かったわ……」
ローズマリー(前にブラッドに見せてもらったけど、上手く出来るかしら……)
ローズマリーは怖々と卵を握った。あんまりにも怪しい手つきだったので、ブラッドが口を出す。
ブラッド「一度見本を見せましょう」
調理台に数回軽く打ち付けて、卵にヘコみを入れる。ヘコみに指をかけてヒビを広げると、綺麗に卵の殻が二つに割れた。黄身も綺麗な色をしていた。
ローズマリーも真似をして調理台に卵をぶつける。
ローズマリー「あっ、卵黄が割れちゃったわ……」
ボウルに入れた卵の黄身が割れて中身が飛び出している。残念そうに呟いたローズマリーに、ブラッドは苦笑した。
ブラッド「どうせ混ぜるんですし、大丈夫ですよ」
ローズマリー「そうだけど……」
ローズマリーは口を尖らせる。
ローズマリー(やっぱり綺麗に割りたいわ)
そして、ブラッドの指示通りに溶き卵に砂糖を入れる。そしてすぐに泡立て器で混ぜ合わせた。
ブラッド「では、ローズマリー様。一つ目の大変な作業ですよ。その溶き卵と砂糖を混ぜたものを湯煎しながら混ぜ合わせます」
ブラッドは準備していた鍋のお湯にボウルを浸しながら、混ぜ合わせてみせる。
ブラッド「人肌位の温度に注意しながら、ふんわりになるまで混ぜましょう。色は少し白っぽくなります」
ローズマリー「えっ、これがふんわりになんてなるの?」
ブラッドから泡立て器を受け取りながら、ローズマリーは砂糖を溶いただけの卵液を覗き込んだ。人肌程の温度を意識しながら混ぜ合わせるが、中々卵液の色は変化しない。次第にローズマリーの腕は重くなってきた。
ローズマリー「本当に大丈夫なの?全然色なんて変わらないわ」
ブラッド「ええ。この作業はかなり肉体労働なんですよ。ずっと混ぜ合わせないといけませんからね」
基本的にティーカップよりも重いものを持つ機会がないローズマリーは非力だった。混ぜ合わせるスピードも、目に見えて遅くなっている。
ローズマリー(う、腕が痛くなってきたわ……)
ブラッド「代わりますよ」
見かねたブラッドがローズマリーから泡立て器を受け取った。しかし、その泡立て器を置く。そして何やら戸棚から別のものを取り出した。
先程の泡立て器とほぼ変わらない。歯車とハンドルが付いている以外は――。
ローズマリー「…………何それ?」
ブラッド「負担を減らしてくれる泡立て器です」
ローズマリー「それ先に出してよ?!」
ブラッドから変わった形の泡立て器を受け取ったローズマリーは嬉々として再開する。だが、すぐにダウンした。
ローズマリー(負担を軽減すると言っても重労働じゃない……)
ローズマリーと代わったブラッドが慣れた手つきで混ぜ合わせ始めると、卵液が段々と泡立つ。
ブラッド「ほら、こんな感じになります」
ローズマリー「すごい……。卵と砂糖がこんなにも変わるのね……」
感心したように呟くローズマリー。
ローズマリー「これが一つ目の大変な作業なのよね?あと幾つ大変な作業があるの?」
ブラッド「もう一つあります。内容は似たような感じですよ。ひたすら混ぜる作業です」
ローズマリーの気分は思いっきり下がった。
ローズマリー(こんな大変な作業をブラッド達は毎日しているのね……)
そしてローズマリーは、ブラッドの腕を見て納得したように頷いた。
ローズマリー「前に言っていた貴方の職場が体力勝負というのは分かったわ」
ブラッド「覚えていて下さったのですね。そうです。混ぜ合わせる作業は意外と力入りますから……。ローズマリー様、次は薄力粉を混ぜ合わせます」
ブラッドはふるいを持った。
ブラッド「ふるいで薄力粉を入れて混ぜます。粉は三、四回に分けて入れましょう。混ぜる時にさっき作った泡を潰さないように気を付けて下さい」
ローズマリー「泡を潰さない……」
ブラッドが一度だけ薄力粉をふるいにかける。そして、そこから掬い上げるようにして優しく生地を混ぜ合わせた。粉が無くなると、ローズマリーにバトンタッチする。
ぎこちないながらも、ローズマリーもブラッドの真似をして生地を混ぜる。
ローズマリー「意外と体力が要るし、繊細な作業もしなければいけないのね……。お菓子作りって」
四苦八苦しながら作業をするローズマリーは、しみじみと呟いた。
ブラッド「ええ。でも、自分の作るお菓子で、誰かが幸せな気分になってくれるのが、作っていて良かったと思えます。というか、自分も幸せな気分になれるんですよ」
照れたように笑ったブラッドに、ローズマリーは目を瞬かせる。
ローズマリー「ブラッドはお菓子作りが好きなのね」
ブラッド「ええ!それは勿論!」
ニカッとブラッドは歯を見せる。
ブラッド「だから、ローズマリー様が俺達の作るお菓子が大好きと仰って下さって、すごく嬉しいのですよ。製菓部門は大喜びでした」
ローズマリーはカリスタに食べてもらった時を思い出す。達成感にも似た、むず痒いような嬉しさがあったのだ。
ローズマリー「少し分かる気がするわ……。だって、私も嬉しかったもの」
ブラッド「でしょう?」
ローズマリー「だから、次はユリシーズ様にちゃんと召し上がってもらいたいわ」
薄力粉を混ぜ合わせ、ローズマリーはブラッドの指示に従って牛乳と溶かしたバターを入れる。円形のケーキ形に生地を流し込んだ。
ブラッド「よし、これでスポンジは焼くだけです。今度こそ、ユリシーズ殿下に召し上がっていただきましょう!」
大きなオーブンに入れたブラッドは得意気に笑った。ローズマリーもつられて頬が緩む。
ローズマリー「ええ!」
ローズマリー(ユリシーズ様、どんな反応をして下さるかしら?)
脳内にニコニコと上機嫌に微笑んで、ローズマリーを褒めてくれるユリシーズが浮かぶ。その姿が見たくて、ローズマリーは拳を作った。
ローズマリー「頑張るわ!」
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