私、愛しの王太子様の側室辞めたいんです!【完(シナリオ)】
第三話 別の側室の妊娠(公募時)
〇(回想)ユリシーズ王太子後宮、中庭(一週間前、昼)
色とりどりの花々が植えられた中庭。
中庭と言っても広大で、噴水までも備え付けられている。空は雲ひとつない。春の日差しが中庭を照らしていた。
テラス席にて二人の少女が向かい合って座っていた。
片方は栗色の長いストレートの髪にモルガナイト色の瞳の幼顔の少女、ローズマリー。
もう片方は波打ったセミロングの黒髪の少女。涼やかな紅色の瞳を伏せ、何かに思い悩むような色をしていた。
ローズマリーにもその少女――ケイシーが思い悩んでいることは伝わっていた。ティーカップに口を付けながら、ケイシーが話してくれるのを待っていたが、埒が明かないようだったので、ローズマリーは心配そうに伺う。
ローズマリー「ケイシー様?どうなさったんですか?」
ローズマリーは一番歳が近い事もあり、ケイシーとよく懇意にしていた。初めて会った時、あまりにもケイシー自身が物静かな少女だったので、ローズマリーが積極的に仲良くしたのである。
後宮の他の側室達に陰から虐められそうなタイプだ、とローズマリーが察知したのもケイシーと懇意にする理由の一つだ。
陰険な側室達は、お互いを陥れる事しか考えていない。
ローズマリー(伊達に側室歴だけは一番長いんだもの。他の側室達のやる事なんて大体分かるわ)
ケイシーも側室争いの渦中に巻き込まれるのは必須だったので、ローズマリーが仲良くしているということで、ケイシーを庇ったようなものだ。
ローズマリー(私が〝閨の儀〟を済ませていない子供でも、実家の後ろ盾は公爵家だもの。他の側室達は手が出せないわ。むしろ、側室なのに〝閨の儀〟を延長している所からして、少し特別扱いなのよね)
中々話そうとしないケイシーに、焦れたようにローズマリーは言葉を重ねた。
ローズマリー「ケイシー様?本当にどうなさったのですか?どこかお身体の具合が悪いんですか……?」
ケイシーの顔は紙のように白かった。
ローズマリー(これは……いけないわ)
慌ててティーカップをソーサーに置く。
遠くからローズマリー達を見守っていたローズマリーとケイシーの侍女を呼ぼうと、席を立とうとする。そのローズマリーの動作を、ケイシーの色のない手が止めた。
ケイシー「お……お待ちになって下さい。ローズマリーさま……」
か細い声。今にも消えてしまいそうな声で、ケイシーはローズマリーを引き留める。
ローズマリー「ケイシー様?」
ケイシー「あ……あの……、今から話すことは……誰にも内緒にして下さい……」
キョロキョロとお互いの侍女の位置の確認や、周囲に誰も居ないか、ケイシーは怯えながら周囲を見渡す。侍女の方までは声は届かない。
ケイシーの不審な様子にローズマリーは眉をひそめた。
ローズマリー「……分かりました。とても重大な事なんですね?」
ケイシー「……そう、なんです……。本当は、ユリシーズさまに口止めをされているんですけど……」
ローズマリー「ユリシーズ様が?」
まさかここでユリシーズの名前が出てくるとは思わなくて、ローズマリーは思わず素っ頓狂な声が出た。しかし、淑女らしくなかったと慌てて咳払いで誤魔化す。
ローズマリー「で、でも、ケイシー様。ユリシーズ様から口止めされているならば、私に話してはいけないのでは?」
ローズマリーは諭すように言った。だが、ケイシーはふるふると震えながら、それをやんわりと否定する。
ケイシー「い、いえ……。ずっと、ずっとローズマリーさまには助けられてきました……。わたくし、ずっと感謝しております……。ですから……、わたくしは貴女にだけは、絶対にお伝えしたくて……」
ぎゅう、とケイシーは細い指先が色を変えるまで強く両手を握った。何かに恐れているかのようにずっと震えている。
そこには強い意志なんて見えなくて、ローズマリーは訝しげな表情を浮かべた。
ローズマリー(何かしら……?なにをそんなに怯えているの?)
ケイシーは固く握りしめていた両手を解き、お腹の辺りにそっと手を置く。
俯いたまま、ローズマリーにはハッキリ聞こえる声でケイシーは宣言した。
ケイシー「実は……、わたくしのお腹の中には、ユリシーズさまとの、御子がいるのです……」
ローズマリー「な……」
ローズマリーの世界が一瞬止まった。
ケイシーが何を言っているのか分からなくて、ローズマリーは固まる。
ローズマリーの反応に、今にもケイシーが泣きそうな顔で、紅色の瞳を潤ませた。
ケイシー「ご、ごめんなさい……!!わたくしなんか……後宮でも地位は低いのに……。ローズマリーさまを差し置いて……ごめんなさい……!!」
ローズマリー「そ、それは違うわ……!!」
ケイシーのただならぬ様子に、ローズマリーは反射的に返した。ローズマリーは誤魔化す為に無理矢理笑みを作る。それは随分と引きつったものだったが。
ローズマリー「ケイシー様。まずはご懐妊おめでとうございます。いきなりだったから随分驚いてしまったんです。ごめんなさい」
ケイシー「ローズマリーさま……。ありがとう、ございます……。ありがとうございます……」
ケイシーはポロリと一粒涙をこぼす。少しだけ安堵したかのような、淡い微笑みを彼女は浮かべた。
その様子を見ていたローズマリーの瞳が、ほんの少し震える。そっと胸元に手を当てた。まるで鋭利な刃物に刺されたかのように痛む。身を抉り取られたかのように疼く。
ローズマリー(どうして、私は……)
僅かな時間、ローズマリーは瞼を閉じる。
鼻がツンとして、瞳の奥から熱いものがせり上がってくるようだった。
ローズマリー(ああ、私は……)
こみ上げてくる全てを飲み込んで、ローズマリーは再びモルガナイト色の瞳を開いた。もうその瞳には一切の揺らぎもなかった。
ローズマリー(〝また〟ユリシーズ様に失恋したんだわ)
今度は完璧な笑みをケイシーに見せる。
ローズマリーの心はもう、決まっていた。
ローズマリー「ケイシー様。ケイシー様のお腹の御子は、ユリシーズ様の待望の第一子となります。どうかお身体を大事になさって下さい」
ケイシー「ありがとう……ございます」
ケイシーはほんのりと和らいだ笑みを浮かべる。内気だが、ケイシー自身は後宮に入ることだけあって、美少女だった。
ケイシー「あ、……あの、この事は誰にも……」
ローズマリー「勿論です。まだ公表してはいけない時期なのでしょう?ユリシーズ様のご命令でもありますし、私は誰にも話しません」
ケイシー「で、出来れば……、ユリシーズさまにも、わたくしがローズマリーさまに、懐妊したという話をしたという事も……」
ローズマリーはケイシーに安心させるように悪戯っぽく笑った。
ローズマリー「分かっております。ユリシーズ様に怒られてしまいますからね?」
(回想終了)
〇王城廊下→王城の厨房(昼)
女官長とカリスタを伴い、ローズマリーは王城の廊下を歩いていた。
ローズマリー(分かっているわ。側室をやめたいだなんて、ただのワガママにしかならないのよ……)
ローズマリーは表情を曇らせる。ユリシーズから貰った手紙を握り締めた。
ローズマリー(でも、もうこれで、ユリシーズの正妻――王太子妃の座はケイシーに決まりかもしれないわ……)
ローズマリーの脳裏にユリシーズとケイシーが二人並んで立つ姿が浮かぶ。王太子妃と側室の差は明確。
いくら着飾って、煌びやかな生活を送っていても、側室は永遠に王太子妃には及ばない。妻ではない。妾だ。
正式には結婚していないから、側室はファミリーネームだって変わらない。
ローズマリー(見たくない。二人が並んでる姿を。これ以上、ユリシーズに失恋したくない)
いつの間にか王城の廊下を歩き終え、目的地である王城の厨房へとローズマリーの一行は来ていた。
ローズマリー(いけない。意識を切り替えないと)
頭を軽く振って気合いを入れると、ローズマリーは厨房の扉を勢いよく開いた。
ローズマリー「頼もう!!」
ブラッド「あ゛?誰だ?」
中に居たのは、赤髪緑目の――何故か筋肉質な人相の悪い若い男だけだった。
色とりどりの花々が植えられた中庭。
中庭と言っても広大で、噴水までも備え付けられている。空は雲ひとつない。春の日差しが中庭を照らしていた。
テラス席にて二人の少女が向かい合って座っていた。
片方は栗色の長いストレートの髪にモルガナイト色の瞳の幼顔の少女、ローズマリー。
もう片方は波打ったセミロングの黒髪の少女。涼やかな紅色の瞳を伏せ、何かに思い悩むような色をしていた。
ローズマリーにもその少女――ケイシーが思い悩んでいることは伝わっていた。ティーカップに口を付けながら、ケイシーが話してくれるのを待っていたが、埒が明かないようだったので、ローズマリーは心配そうに伺う。
ローズマリー「ケイシー様?どうなさったんですか?」
ローズマリーは一番歳が近い事もあり、ケイシーとよく懇意にしていた。初めて会った時、あまりにもケイシー自身が物静かな少女だったので、ローズマリーが積極的に仲良くしたのである。
後宮の他の側室達に陰から虐められそうなタイプだ、とローズマリーが察知したのもケイシーと懇意にする理由の一つだ。
陰険な側室達は、お互いを陥れる事しか考えていない。
ローズマリー(伊達に側室歴だけは一番長いんだもの。他の側室達のやる事なんて大体分かるわ)
ケイシーも側室争いの渦中に巻き込まれるのは必須だったので、ローズマリーが仲良くしているということで、ケイシーを庇ったようなものだ。
ローズマリー(私が〝閨の儀〟を済ませていない子供でも、実家の後ろ盾は公爵家だもの。他の側室達は手が出せないわ。むしろ、側室なのに〝閨の儀〟を延長している所からして、少し特別扱いなのよね)
中々話そうとしないケイシーに、焦れたようにローズマリーは言葉を重ねた。
ローズマリー「ケイシー様?本当にどうなさったのですか?どこかお身体の具合が悪いんですか……?」
ケイシーの顔は紙のように白かった。
ローズマリー(これは……いけないわ)
慌ててティーカップをソーサーに置く。
遠くからローズマリー達を見守っていたローズマリーとケイシーの侍女を呼ぼうと、席を立とうとする。そのローズマリーの動作を、ケイシーの色のない手が止めた。
ケイシー「お……お待ちになって下さい。ローズマリーさま……」
か細い声。今にも消えてしまいそうな声で、ケイシーはローズマリーを引き留める。
ローズマリー「ケイシー様?」
ケイシー「あ……あの……、今から話すことは……誰にも内緒にして下さい……」
キョロキョロとお互いの侍女の位置の確認や、周囲に誰も居ないか、ケイシーは怯えながら周囲を見渡す。侍女の方までは声は届かない。
ケイシーの不審な様子にローズマリーは眉をひそめた。
ローズマリー「……分かりました。とても重大な事なんですね?」
ケイシー「……そう、なんです……。本当は、ユリシーズさまに口止めをされているんですけど……」
ローズマリー「ユリシーズ様が?」
まさかここでユリシーズの名前が出てくるとは思わなくて、ローズマリーは思わず素っ頓狂な声が出た。しかし、淑女らしくなかったと慌てて咳払いで誤魔化す。
ローズマリー「で、でも、ケイシー様。ユリシーズ様から口止めされているならば、私に話してはいけないのでは?」
ローズマリーは諭すように言った。だが、ケイシーはふるふると震えながら、それをやんわりと否定する。
ケイシー「い、いえ……。ずっと、ずっとローズマリーさまには助けられてきました……。わたくし、ずっと感謝しております……。ですから……、わたくしは貴女にだけは、絶対にお伝えしたくて……」
ぎゅう、とケイシーは細い指先が色を変えるまで強く両手を握った。何かに恐れているかのようにずっと震えている。
そこには強い意志なんて見えなくて、ローズマリーは訝しげな表情を浮かべた。
ローズマリー(何かしら……?なにをそんなに怯えているの?)
ケイシーは固く握りしめていた両手を解き、お腹の辺りにそっと手を置く。
俯いたまま、ローズマリーにはハッキリ聞こえる声でケイシーは宣言した。
ケイシー「実は……、わたくしのお腹の中には、ユリシーズさまとの、御子がいるのです……」
ローズマリー「な……」
ローズマリーの世界が一瞬止まった。
ケイシーが何を言っているのか分からなくて、ローズマリーは固まる。
ローズマリーの反応に、今にもケイシーが泣きそうな顔で、紅色の瞳を潤ませた。
ケイシー「ご、ごめんなさい……!!わたくしなんか……後宮でも地位は低いのに……。ローズマリーさまを差し置いて……ごめんなさい……!!」
ローズマリー「そ、それは違うわ……!!」
ケイシーのただならぬ様子に、ローズマリーは反射的に返した。ローズマリーは誤魔化す為に無理矢理笑みを作る。それは随分と引きつったものだったが。
ローズマリー「ケイシー様。まずはご懐妊おめでとうございます。いきなりだったから随分驚いてしまったんです。ごめんなさい」
ケイシー「ローズマリーさま……。ありがとう、ございます……。ありがとうございます……」
ケイシーはポロリと一粒涙をこぼす。少しだけ安堵したかのような、淡い微笑みを彼女は浮かべた。
その様子を見ていたローズマリーの瞳が、ほんの少し震える。そっと胸元に手を当てた。まるで鋭利な刃物に刺されたかのように痛む。身を抉り取られたかのように疼く。
ローズマリー(どうして、私は……)
僅かな時間、ローズマリーは瞼を閉じる。
鼻がツンとして、瞳の奥から熱いものがせり上がってくるようだった。
ローズマリー(ああ、私は……)
こみ上げてくる全てを飲み込んで、ローズマリーは再びモルガナイト色の瞳を開いた。もうその瞳には一切の揺らぎもなかった。
ローズマリー(〝また〟ユリシーズ様に失恋したんだわ)
今度は完璧な笑みをケイシーに見せる。
ローズマリーの心はもう、決まっていた。
ローズマリー「ケイシー様。ケイシー様のお腹の御子は、ユリシーズ様の待望の第一子となります。どうかお身体を大事になさって下さい」
ケイシー「ありがとう……ございます」
ケイシーはほんのりと和らいだ笑みを浮かべる。内気だが、ケイシー自身は後宮に入ることだけあって、美少女だった。
ケイシー「あ、……あの、この事は誰にも……」
ローズマリー「勿論です。まだ公表してはいけない時期なのでしょう?ユリシーズ様のご命令でもありますし、私は誰にも話しません」
ケイシー「で、出来れば……、ユリシーズさまにも、わたくしがローズマリーさまに、懐妊したという話をしたという事も……」
ローズマリーはケイシーに安心させるように悪戯っぽく笑った。
ローズマリー「分かっております。ユリシーズ様に怒られてしまいますからね?」
(回想終了)
〇王城廊下→王城の厨房(昼)
女官長とカリスタを伴い、ローズマリーは王城の廊下を歩いていた。
ローズマリー(分かっているわ。側室をやめたいだなんて、ただのワガママにしかならないのよ……)
ローズマリーは表情を曇らせる。ユリシーズから貰った手紙を握り締めた。
ローズマリー(でも、もうこれで、ユリシーズの正妻――王太子妃の座はケイシーに決まりかもしれないわ……)
ローズマリーの脳裏にユリシーズとケイシーが二人並んで立つ姿が浮かぶ。王太子妃と側室の差は明確。
いくら着飾って、煌びやかな生活を送っていても、側室は永遠に王太子妃には及ばない。妻ではない。妾だ。
正式には結婚していないから、側室はファミリーネームだって変わらない。
ローズマリー(見たくない。二人が並んでる姿を。これ以上、ユリシーズに失恋したくない)
いつの間にか王城の廊下を歩き終え、目的地である王城の厨房へとローズマリーの一行は来ていた。
ローズマリー(いけない。意識を切り替えないと)
頭を軽く振って気合いを入れると、ローズマリーは厨房の扉を勢いよく開いた。
ローズマリー「頼もう!!」
ブラッド「あ゛?誰だ?」
中に居たのは、赤髪緑目の――何故か筋肉質な人相の悪い若い男だけだった。