極秘新婚~独占欲強めの御曹司と突然夫婦になりました~
「あ……!」
アパートの前でぽかんと口を開けている人がいる。
髪が長く、すらりと痩せているその人は、手に膨らんだエコバッグを持っていた。
「羅良!」
手すりから身を乗り出して叫ぶと、羅良はくるりと背中を向けて駆けだした。
逃げられる!
「待って!」
仕事用のパンプスじゃ、走れない。
私は靴を脱ぎ捨て、裸足で羅良を追いかける。
足の裏に、小石が刺さる。指の間に、砂が入る。
そんなものをものともせず、ただ自分によく似た羅良の背中を追いかけた。
「待ってってば!」
必死ですり抜けそうな腕をつかむと、エコバッグが地面に落下した。
「羅良……」
相変わらずの、細い手。
長く伸ばした髪に、自分と同じ顔。
彼女はゆっくり振り返ると、くしゃりと顔を歪めて笑った。
「希樹から、逃げられるわけ、なかったね」
すっかり息が上がっている彼女を見たら、なぜか泣きそうになった。
「羅良……もう会えないかと思ったよ」
失踪当日のことは忘れない。
何かの事件に巻き込まれたのかもと思うと、生きた心地がしなかった。