【シナリオ】溺愛社長の2度目の恋
第12話 好きじゃないなら優しくしないで
○ホテル(朝)

夏音「う、うーん……。昨日は飲み過ぎた……」

   ベッドで目覚めた夏音、隣で眠っている檜垣にぎょっとする。

夏音「えっ、あっ、なんで……?」

   そろりと確認した自分の身体は服を着ていない。
   ちらりと見た檜垣もなにも着ていないようで夏音、パニックになっていく。

檜垣「夏音ちゃん、おはよ……」

   起きた檜垣、大あくびで背伸びをする。
   そのまま、落ちていたバスローブを拾って羽織る。

檜垣「シャワー浴びてくるわ……」

   と、寝室を出ていく。

夏音M「待って。ちょっと待って。これって私、檜垣さんと……」

   パニックになりながら、なにかを思いついた顔をする。
   布団をはぐり、シーツを確認。
   汚れがなく、ほっと息をつく。

夏音M「だ、大丈夫だよね? ち、血とか付いてないし」
檜垣「夏音ちゃーん」
夏音「はひっ!?」

   夏音、慌ててシーツで自分の身体を隠す。

檜垣「シャワー、浴びてきたら? 昨日、滅茶苦茶汗掻いたから気持ち悪いだろ」
夏音「えっ、あっ、ええっ!?」
夏音M「滅茶苦茶汗かいたってなにー!?」

   パニックになっている夏音を、檜垣はニヤニヤと笑いながら見ている。

夏音「そ、そぅですね」

   曖昧に笑いながらダッシュで浴室へ向かい、鍵をかける夏音。
   シャワーを浴びながら自分の身体を確認する。

夏音「とりあえず、異常はなさそう……? でも、あれのあとってどんなふうだとかわかんないし……」

   と、大きなため息をつく。

夏音「痛かったりしなかったけど、そんなのもわかんないくらい酔っ払ってたのかな……? でもシーツは汚れてなかったし……」

   じっと、鏡の中の自分を見つめる夏音。
   不意に、首筋のキスマークに気づく。

夏音「うそっ!?」

   焦って消そうと、擦る夏音。

夏音「消えない……」

   と、がっくり項垂れる。
   夏音が浴室から出ると、ルームサービスの朝食の準備がすんでいる。

檜垣「さ、食おう」
夏音「そ、そうですね……」

   と、首筋を気にしながら椅子に座る。

夏音M「ほんとに檜垣さんと? でもそんなこと聞けないし……」

   夏音、パンを小さくちぎって口に運びながら、ちらちらと檜垣をうかがう。

檜垣「夏音ちゃんってさ」
夏音「はひっ!?」

   驚いて声が裏返る夏音。
   そんな夏音に檜垣がおかしそうにくすりと笑う。

檜垣「案外、情熱的なんだな。昨日は最高の一夜だった」

   ニヤリと檜垣が意味深に笑う。

夏音「えっ、はひっ!? えっ!?」

   夏音、目を白黒させる。


○檜垣の車

   あきらかに挙動不審で助手席に座っている夏音。
   檜垣はそんな夏音に楽しそうにくすくすと笑っている。

檜垣「なんでそんなに警戒してんの?」
夏音「えっ、あっ、そんな、警戒なんて」

   と言いながら、目が泳ぐ。

夏音M「ほんとに檜垣さんと?」
檜垣「近くのアウトレットモールにでも寄って帰るか」
夏音M「ほんとのほんとに? 有史さんになんて言い訳したらいいんだろ?」
檜垣「夏音ちゃん、夏音ちゃん?」
夏音「はひっ!?」

   物思いにふけっていた夏音、ようやく檜垣の声に気づき、慌てて返事をする。
檜垣「さっきからなに考えてんの?」
夏音「あ、いえ……」

   と、曖昧に笑って誤魔化す。

檜垣「そう?」

   檜垣、意地悪くニヤニヤと笑う。

夏音M「はっきりシたんですか?とか訊けたらいいけど、訊けないし……」
夏音「はぁーっ」

   と、大きなため息をつく。


○アウトレットモール

   休日、家族連れやカップルで賑わっている。
   晴天、周囲は活気があるというのに、夏音はこの世の終わりのような顔をしている。

檜垣「なんでも好きなもん、買ってやるからな」
夏音「えっ、あっ!」

   落ち込んでいる夏音にかまわず、檜垣はずるずると引っ張っていく。

夏音「あっ」

   ショップの店先にスカーフを見つけた夏音、足を止める。

檜垣「どうした?」
夏音「あれ、見たいな、って」
檜垣「OK]

   檜垣、夏音が指さす店に彼女を引きずるように連れていく。

檜垣「これ?」
夏音「はい、これです」

   不審そうな檜垣にかまわず、並んでいるスカーフの中から適当に選ぶ。

夏音「これ、これが欲しいです」
檜垣「却下」
夏音「えっ」

   予想外の答えに戸惑う夏音。

檜垣「夏音ちゃんならこっちの色。うん、今日の服にも合うし、絶対こっち。これにしよう」

   夏音が選んだものとは違う、スモークピンクのスカーフを選び、檜垣はさっさとレジへ向かう。

檜垣「はい」
夏音「ありがとうございます……」

   会計の済んだスカーフを渡され、複雑な顔の夏音。
   速攻でそれを夏音、首に巻く。

夏音M「こ、これでとりあえず、キスマークは隠せるよね……」

   と、ほっと息をつく。
   アウトレットモール内、夏音を引っ張り回す檜垣。

夏音「えっ、いや、これ以上は……」
檜垣「いいから」

   着せ替え人形のように夏音に試着させ、夏音が断っても檜垣は何枚も服を買っている。

檜垣「よし、そろそろ帰るか!」
夏音「……はい」

   ぐったりと疲れていた夏音、ほっとする。


○檜垣の車(夜)

   ぼーっと、窓の外を見ている夏音。
   檜垣も黙って運転している。

檜垣「俺、さ。恋愛って実をいうとよくわかんないんだ。でも、夏音ちゃんのデザイン見たとき、これだ!って思った。話してみれば俺が一言ったこと、十わかってくれる。こんな人間と仕事……いや、人生を一緒に送れたら最高だと思ったんだ」
夏音「私は……その」
檜垣「いまは無理でも絶対、夏音ちゃんを振り向かせてみせるからさ。だから夏音ちゃんにも俺を見てほしい」
夏音「……はい」

   檜垣、真っ直ぐに前を見て運転している。
   夏音、俯いてじっと自分の手を見つめる。

夏音M「私は……私は……」


○天倉家(夜)

夏音「ありがとうございました」

   車から降り、そそくさと家へ向かおうとする夏音。
   檜垣も運転席から降りてくる。

夏音「あの、ここまでで大丈夫ですので……」
檜垣「なに言ってるんだ、ひとりじゃ荷物、持てないだろ」

   と、トランクから下ろした夏音の荷物を全部持ち、さっさと玄関へと向かう。

夏音「ただいま帰りました……」
天倉「おかえり」

   玄関を開けると、腕を組んで片方の肩を壁に預けた天倉が立っている。

天倉「遅かったね」
檜垣「申し訳ない、天倉さん。俺が夏音ちゃんを引っ張り回したんだ」

   荷物を置き、挑発的に天倉を見上げる檜垣。
   天倉と檜垣、少しの間にらみ合う。

天倉「はぁっ。まあね、夏音が誰とどうなろうと別にいいけど。でも一応人妻なんだから、世間の目は気にしてほしいよね」

   小さくため息をついた天倉、困ったように笑う。

檜垣「ほんとにすまない。この埋め合わせは必ず」
天倉「仕事でしてくれよ」
檜垣「わかった。……夏音ちゃん、楽しいひとときをありがとう。じゃあ、また」
夏音「……!」

   檜垣が意味深に笑い、夏音が固まる。
   玄関の閉まる音で我に返り夏音、ようやく靴を脱いで家へ入る。

天倉「着替えておいで。夕食はまだかい?」
夏音「あっ、はい」
天倉「準備しておくよ」

   と、キッチンへ消えていく。
   夏音、自分の部屋で着替えかけてキスマークを思い出す。

夏音「スカーフ、外せないし……。はぁーっ」

   着替えを諦め、ダイニングへ向かう夏音。
   ダイニングテーブルの上に二人分の食事が並んでいる。

夏音「有史さん、もしかして待っていてくれたんですか?」
天倉「別に。たまたまだよ」

   ふたり、向かい合って座る。

天倉「いただきます」
夏音「いただき、ます」

   箸を取り二人、食べはじめる。

天倉「着替えてこなかったのかい?」
夏音「えっ、あっ、……まあ」
天倉「……それで隠してるつもりとか、夏音はどれだけお馬鹿なんだろうね」
夏音「……え?」

   夏音、固まる。

天倉「僕らは愛のない偽装結婚だからね。夏音がどこの誰とどうなろうと僕はどうでもいい。ただ、最初の取り決め通り、夏音に好きな人ができたときはこの関係は解消するから早く言ってほしい」

   天倉は淡々と食事を続けている。
   箸を置いて俯いた夏音、落ちてきた涙を慌てて拭う。

夏音「ゆ、有史さんにとって、これは深里さんを守るための結婚ですもんね。私に甘いのも世間を欺くための演技で、私のことなんて、ちっとも、これっぽっちも好きじゃ……」
   夏音、とうとう嗚咽を漏らしはじめる。
天倉「夏音?」

   心配そうに天倉が伸ばした手を、夏音が振り払う。

夏音「好きじゃないなら優しくしないでください。これ以上、好きにさせないで……」

   夏音の苦痛に歪む顔に天倉、一瞬だけ苦しそうな顔をする。

夏音「もう寝ます。おやすみなさい」
天倉「夏音……」

   天倉を振り切って自分の部屋に戻り、ドアを閉める夏音。
   伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめ、なにかを後悔している天倉。
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