【シナリオ】溺愛社長の2度目の恋
第15話 見合いなんてしませんよ
○路上(夜)

   道路に飛び出した夏音を照らし出す車のヘッドライト。
   けたたましいクラクションとブレーキ音。
   足が竦んで立ち尽くす夏音。

天倉「夏音!!」

   なにも考えずに路上に飛び出し、天倉が夏音を抱きしめるようにして飛ぶ。
   路上に転がった夏音と天倉を掠め、少し先で車が止まる。

天倉「夏音! 夏音! 怪我は!? どこか痛いとこは!?」

   夏音の肩を掴んで天倉は、顔面蒼白で問いかける。
   夏音、状況が理解できず、呆然としている。

天倉「夏音!? 大丈夫、夏音!?」
夏音「あ、はい……」

   夏音がのろのろと視線をあげる。
   自分は額から血を流し、眼鏡は吹っ飛んだ天倉の顔が見える。

天倉「よかった……!」

   泣きだしそうに顔を歪ませた天倉が夏音に抱きつく。
   降りてきた運転手や駆けつけた近所の人たちが警察だ、救急車だと騒いでいて、少しずつ夏音は状況を理解する。

天倉「夏音まで失ってしまったら、僕は……!」

   自分に縋るように抱きしめる天倉の手が、震えていることに夏音が気づく。
   おそるおそる手を出し、夏音が天倉を抱きしめ返す。
   天倉、とうとう嗚咽を漏らす。
   夏音、無言で天倉の背中をさする。


○天倉家(深夜)

   リビングのソファーに座る夏音の前に、コーヒーの入ったカップを置く天倉。
   天倉の額にはガーゼが貼られ、眼鏡はひび割れている。

夏音「その。……すみません、でした」
天倉「いや、いいんだ。夏音が無事だったら」

   困ったように笑い、天倉がコーヒーを啜る。
   ふたり、黙ってコーヒーを啜る。
   気まずい沈黙。

夏音「あの」
天倉「その」

   顔を見合わせたふたり、また目をそらして俯く。

天倉「夏音からどうぞ」
夏音「いえ、有史さんから」
天倉「こほん。じゃあ」

   小さく咳払いし、天倉が口を開く。

天倉「夏音になにもなくてよかった。夏音まで失ってしまったら、僕は……」
夏音M「ああ、そうか。有史さんは深里さんを、事故で失っているから……」

   声を詰まらせて天倉が黙ってしまう。
   夏音、天倉が口を開くのを黙って待っている。

天倉「……すまない。僕は、その、……やっぱりちょっと待って」

   片手で顔を隠し、もう片方を待ってと天倉が夏音の方に出す。

夏音「有史さん?」
天倉「あ、うん」

   天倉、すーはーと小さく深呼吸を繰り返す。

天倉「その。僕はどうも……夏音が……好き、らしい」
夏音「らしい?」
天倉「あ、うん。ごめん。ほんとにごめん。僕もその、さっき自覚したばかりで……うん」

   両手で覆われた天倉の顔は耳まで真っ赤になっている。

天倉「その、深里をもう愛してないとかじゃないんだ。いや、それじゃあ夏音に失礼なんだけど。深里よりも夏音がいつの間にか、もっとずっと大事になっていたというか。だから、その、夏音が……好きだ」
夏音「……遅いんですよ」

   ぼそっと呟いた夏音の目から涙がぽろりと落ちる。

天倉「夏音?」
夏音「遅いんですよ、有史さんは。私はもう、檜垣さんのプロポーズを受け入れたんですから……」
天倉「……うん、ごめん」

   躊躇いがちに天倉が夏音へ手を伸ばす。
   夏音が抵抗しないのを確認し、天倉が夏音を抱きしめる。

天倉「そうだよね、もう離婚届も出しただろうし」
夏音「……出してないです、離婚届」
天倉「え?」

   信じられない、といった顔で天倉が夏音の顔をのぞき込む。

夏音「離婚届、まだ出してないです。その、……どうしても、出せなくて」
天倉「あ、うん。そうか」

   と、なにかを悩むようにあたまを掻く。

天倉「じゃあ、ふたりで檜垣にあやまろうか。それでもし、契約切られるようなことになったら、今度は一緒に末石にあやまって?」

   情けない顔の天倉に夏音がぷっと吹き出す。

夏音「そうですね。そうするしかないですね」


○地方のホテル

   そわそわと喫茶の椅子に座っている夏音。
   隣に座る天倉がそっと手を握り、頷く。
   ぎこちないまでも笑う夏音。

檜垣「夏音!」

   入り口から駆ける勢いで歩いてきた檜垣が、夏音に抱きつきキスをする。
   夏音は困ったように笑っている。

檜垣「なに、わざわざ会いに来てくれるなんて! そんなに俺に会えないのが淋しかったのか?」

   上機嫌で夏音の前に座った檜垣だが、隣の天倉を見て不機嫌そうになる。

檜垣「……で。どうして天倉さんも着いて来るわけ?」

   檜垣、通りかかったウェイトレスにコーヒーを注文する。

夏音「檜垣さん。あの、その」
天倉「檜垣すまない! 夏音を返してくれ!」

   いきなり立ち上がり、あたまを下げる天倉に周囲の視線が集中する。
   呆気にとられていた夏音と檜垣、すぐに我に返る。

檜垣「そ、その。座ってよ、天倉さん」

   羞恥でほんのり顔を赤くして、檜垣がこほんと小さく咳払いする。

天倉「あ、ああ」

   自分のやった行動が恥ずかしくなり、赤い顔で天倉が椅子に座り直す。
   周囲はいつの間にか、もとのざわめきを取り戻している。

檜垣「それで? どういうこと?」

   届いたコーヒーを行儀悪く檜垣が飲む。

夏音「……これ。お返しします」

   と、もらった婚約指環をテーブルの上に置く。

檜垣「受け取れないって言ったら?」
夏音「許してもらえるまで何度でもあやまります。何度でも、……何度でも」

   強い意志で檜垣を見つめる夏音。
   檜垣も夏音を睨むように見つめ返す。

檜垣「……はぁーっ」

   ため息ともつかない息を吐き出した檜垣は指環のケースを取り、蓋を開けて中身を確かめる。

檜垣「うすうす、こんなことになるんじゃないかって思ってた。夏音が天倉さんを好きなのは知ってたし」

   檜垣、乱暴に指環のケースをポケットに入れる。

檜垣「天倉さんも滅茶苦茶夏音を意識してるのに、無自覚だったもんなー。……ん、わかった。婚約は解消ってことで」

   ずっ、とコーヒーを飲み干し、苦そうに檜垣が顔をしかめる。

檜垣「じゃ、お幸せに。あ、この件で俺、契約破棄とか意地悪しちゃうかもしれないけど許してね」

   ひらひらと手を振りながら檜垣が去っていく。
   その背中にあたまを下げる夏音と天倉。

夏音「檜垣さんは全部、お見通しだったんですね」
天倉「悪いことをしたね」

   ふたり、顔を見合わせて小さくふふっと笑う。

天倉「夏音、いまから行きたいところがあるんだけど、いいかな」
夏音「え? いいですけど」

   と、ふたり、席を立つ。


○天倉の車

   来た道を戻る天倉の車。
   天倉はずっと黙っていて、夏音も声をかけていいのかわからず黙っている。

天倉「疲れてないかい?」
夏音「大丈夫です」

   と、笑ってみせる。
天倉「ちょっと強行軍にはなっちゃうけど、どうしても今日中に行きたかったから」
夏音「無理はしないでくださいね」
天倉「うん」
夏音M「行きたいところってどこなんだろう……?」


○墓地(夕方)

   夕闇に沈みはじめた墓地の中を歩く天倉。
   その後ろを着いて歩く夏音。
   天倉、ある墓の前で足を止める。

夏音「ここって……」
天倉「深里のお墓。天倉の家とは別にしたんだ」

   持ってきたお花を生け、天倉が線香を供える。
   胸もとから指環の通ったネックレスを天倉は外し、墓石の前に置く。

夏音「えっ、いいんですか!?」

天倉「いいんだ。……深里。僕がこの人と幸せになるのを許してください」

   ぎゅっと強く、指を絡めて天倉が夏音の手を握る。
   涙ぐむ夏音。

夏音「深里さん。有史さんを絶対に幸せにします。だから、許してください」

   じっと答えを待つように墓石を見つめるふたり。
   しばらくして同時に小さく息を吐き出す。

夏音「許して、くれましたかね?」
天倉「大丈夫だと思うよ、深里は心の広い女だったから」

   と、笑う。

天倉「それで夏音」

   天倉、夏音と向き合い、両手を取る。

天倉「いろいろ順番がぐちゃぐちゃで申し訳ないんだけど。僕は夏音より12も上のおじさんです。しかも、バツイチです。そんな僕と、結婚してくれますか」
夏音「……はい」

   涙で潤んだ目で、嬉しそうに笑う夏音。

天倉「ありがとう」

   天倉も笑い返し、夏音が一度返した結婚指環を夏音の左
手薬指に嵌める。

天倉「これからはふたりで、幸せになろう」

   天倉がキスをしようと夏音に顔を近づける。
   唇が触れる直前、天倉の携帯が鳴る。

天倉「なに、いいところなのに」

   携帯の画面を見た天倉は不機嫌になり、電話に出る。

天倉「なに、母さん? ……離婚したんでしょってどうして知って……」

   イライラと話している天倉を夏音は不安そうに見ている。

天倉「えっ、見合い!? しませんよ、そんなの。僕の話をちゃんと聞いて……えっ、すぐに来い? ……わかりましたよ」

   電話を切った天倉、疲労の濃い息を吐く。

天倉「夏音、ごめん。今度は母さんどころか父さんまで見合いを勧めてきて。悪いけど、これから実家へ一緒にいいかな」
夏音「あ、はい」
天倉「……はぁーっ」
夏音M「ふたりの幸せはそう簡単には掴めないようです……」
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