【シナリオ】溺愛社長の2度目の恋
第2話 黙ってここに、サインしてくれないかい?
○SE社長室

天倉「僕と結婚してくれないかい?」

   足を組んだ天倉、にっこりと笑う。

夏音「意味が全くわかりません、採用条件が天倉社長との結婚だなんて。そもそも社長はご結婚されていますよね」
天倉「ああ、これ?」

   と、左手薬指の指環を見る。

天倉「八年前に妻を亡くしてね。あ、子供はいないよ。それで僕はいまでも、妻を愛しているから」
夏音「なら、なんで」
天倉「知ってる? 四菱地所」
夏音「……はい。あの四菱地所ですよね」

*****
フラッシュ
   幾つかの都心の複合ビルがよぎっていく。
*****

天倉「そう。そこの会長が僕の父親」
夏音「……はい?」

   と、首を傾げる。

天倉「僕自身は跡を継がずにこの会社を興したんだけど、両親は跡取りを望んでいる。妻が亡くなってからはさりげなく、再婚を勧められてね」
夏音「……はぁ」
天倉「四十になってからはもう後がないとばかりに酷くなって、辟易していたんだ」

   と、ため息をつく。

天倉「それで、偽装結婚したらいいんじゃないか、と」
夏音「偽装結婚……ですか」
天倉「さっきも言ったように、僕はいまでも妻を愛しているからね。夫婦のフリをしてくれるだけでいい」
夏音「フリ……」

   夏音、ほっと息を吐き出す。

天倉「もちろん、フリでも僕の妻だ。それなりの生活は約束する」

   真剣に悩んでいる夏音。

夏音M「就職もできてフリでも社長夫人だなんて……もしかして、好条件?」
夏音「その。どうして私なのか訊いてもいいですか」
天倉「ん? 君の、会社を辞めた理由が最高だったからかな」

   と、思い出し笑い。
   夏音、ジト目で天倉を睨む。


○夏音のアパート(夜)

   テーブルの上にはコンビニ弁当と書類。

夏音「せっかく、あのSkyEndに就職決まると思ったのにー!」

   ガックリと夏音が項垂れる。

夏音N「SkyEndCompanyは建築デザイナーなら誰もが知っている会社だ。カリスマデザイナーの天倉社長を中心に少数精鋭でデザインした建物は、テレビなどでも話題になっている」

   幾つかのオシャレなビルがよぎっていく。

夏音「天倉社長の下で働いてみたかったんだけどなー」

   弁当から唐揚げを摘まみ、夏音は大口を開けてそれを食べる。

夏音「でもさ……社長夫人って」

   宙を見つめてなにかを考えている夏音。

夏音「いやいや、偽装でも結婚とかない、ない!」

   と、いったんは手に取った書類を投げ捨てる。

夏音「だってさ、私……」


(回想)
○大学の一角

男子学生「付き合ってほしい」

   真剣な顔で男子大学生が告白する。

夏音「いいよ、いいよ」
男子大学生「ほんとうか!?」

   軽いノリで答える夏音に男子大学生が食いつく。

夏音「それで、どこ行くの?」

   夏音の答えに男子大学生が一気に落胆する。

男子大学生「なんだよそれ……」
夏音「ん?」
男子大学生「お前、最低」

   去っていく男子大学生を夏音はわけがわからずぽかんと立って見送る。

(回想終わり)


○引き続き夏音のアパート(夜)

夏音「恋愛とかって興味ないし……。いや、他人の恋愛ならわかるんだけど」

   チラリと床に積まれたTLノベルの山を見る。

夏音「でも……」

   そろそろと書類を拾い、また目を通す。

夏音「8年たったいまでも亡くなった奥様を愛してるとか……尊い」

   夏音、妻を思って淋しそうに笑う天倉を思い出す。

夏音「いやいや、処女の私が偽装でも妻とかハードル高すぎるし!」

   けれど、天倉の顔が脳裏から離れない。

夏音「……うん、でも、純愛を守るためなら……」


○SE社長室

   スーツ姿でソファーに座っている夏音。
   バン、とドアが開き、天倉、入ってくる。

天倉「待たせたね」
夏音「いえ。お忙しい中、すみません」
天倉「それはこっちの方だよ。それで、返事は決まったのかな」
夏音「はい」

   と、頷く。

夏音「お話、お受けしようと思います。よろしくお願いいたします」
天倉「こちらこそ、ありがとう」

   天倉、夏音の手を両手で握る。
   ぽっ、と頬を赤らめる夏音。

夏音N「こうして私は、天倉社長と偽装結婚することになったのだけど――」


○夏音アパート

夏音「これで全部、かな」

   見渡した室内には所狭しと段ボール箱が積まれている。

夏音N「偽装でも結婚なので、天倉社長の家へ引っ越すことになった。契約は一年更新。好きな人ができたときは即、解除していいようになっている」

   インターフォンがピンポーン、と鳴る。

夏音「はーい」
引っ越し業者「こんにちはー」

   夏音、ドアを開ける。

夏音「こんにちは。よろしくお願いします」


○天倉家

   天倉設計の一軒家。
   リビングから続くテラスの向こうにはイングリッシュガーデンが広がっている。

天倉「君はこの部屋を使ってね」

   と、ゲストルームを開ける。

夏音「はい」

   持ってきたスーツケースを手に夏音、中に入る。

天倉「片付けが済んだら声をかけて」
夏音「わかりました」

   ドアが閉まり、天倉、いなくなる。

夏音「私の部屋、か」
夏音M「偽装結婚だから寝室は別。当たり前だけど」

   夏音、てきぱきと荷物を開けていく。

夏音「おわりましたー!」
天倉「じゃあ、食事にしようか」

   ダイニングに移動。
   テーブルの上には天ぷらそばがのっている。

天倉「一応、引っ越しそばだよ」
夏音「ありがとうございます」

   ふたり、そばを食べる。

夏音「あ、私、片付けます」
天倉「いいよ。食洗機に入れるだけだからね」

   と、さっさと片付けてしまう。

夏音M「いいのかな、本当に。食事だって作ってもらったのに」

   夏音、手持ちぶさたにリビングのソファーに座る。
   片付けを済ませた天倉、その隣に座る。
   つい、少しだけ離れてしまう、夏音。
   天倉、くすりと笑う。

天倉「共同生活を送るうえでの決まりを確認しよう」
夏音「はい」

   と、ソファーに座り直す。

天倉「家事は基本、各自でする。今日みたいなのは特別。掃除は家政婦さんに入ってもらっているから、自分の部屋以外は気にすることないよ」
夏音「はい」
天倉「君の隣の部屋は立ち入り禁止。あそこは亡き妻の部屋でね。そのままにしてあるんだ」
夏音「わかりました」
夏音M「奥様の部屋そのままとか、萌える!」
天倉「両親には近々紹介させてもらうから……覚悟しといてね」

   天倉が険しい顔をする。

夏音M「やっぱりいろいろあるのかな……?」
夏音「他には?」
天倉「あとはこの書類にサインをしてくれないか」

   と、テーブルの上へ書類を置く。
   書類を見た夏音、ぶるぶると震え出す。

夏音「……これって」
天倉「婚姻届だけど?」
夏音「偽装結婚なのに必要ですか!?」
天倉「ぐだぐだうるさいな。黙ってここに、サインしてくれないかい?」

   と、にっこり笑いペンを差し出す。

夏音M「なんだか私、早まったことをした気がします……」
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