距離感
もしかして、自分の足音がうるさかったのか。

どうしよう。

気持ち悪いヤツだと思われてしまう。

でも、足が動かない。

心臓がバクバクしているうちに。

福王寺家の玄関のドアが開いた。

寝ぐせで髪の毛が爆発している王子が現れた。

上は真っ黒なジャケットを羽織って。

下はグレイのスウェット姿。

「カッチャン、偉いね。早朝ウォーキングだなんて」

「ぇ・・・」

後ずさりすると、王子はニッコリと笑った。

「俺も見習わなきゃなー。運動不足だから」

天然、万歳☆

私は心の中で、王子が天然であることを心の底から感謝した。

常識のある人だったら、下手すりゃ「何で早朝に家の前にいるんだ」と不審がって通報すらするかもしれない。

「俺、コンビニ行くからさ。途中まで一緒に行こうよ」

「あ・・・ハイ」

王子が歩き出す。


髪の毛がソフトクリームのように立ち上がって。

王子の髪型に笑いそうになった。

「王子はいつも早起きなんですね」

「うん。休日でも5時すぎに起きちゃうんだよね。年取るとそうなっちゃうのかなー」

「そうなんですか」

「いやー。それにしても、外見たら幽霊がいるのかと思った」

「幽霊?」

王子はじっと私を見た。

「ぼーと外見てたらさ、女の人の幽霊がいるのかと思って。よく見たら、カッチャンだった」

それは、失礼じゃないか? と王子をに睨んだ。

けど。

まぁ、でも不審者と思われるよりかマシかと思った。

風が冷たい。

寝起きで頭がぼーとする。

「カッチャン、顔色悪いよ」

「へ? 寝起きだからじゃないですか」

と、王子と目が合って。「あ」と声が漏れた。

寝起きってことは…

「ひゃあ。私、今。すっぴんなんですよ。こっち見ないでください!」

手で顔を隠したけど。

今更、遅い。

王子は私を見てヘラヘラと笑い出した。

「何で、笑うんですか!」

「いやー、朝からカッチャンって面白いなーと思って」

コンビニまで行く時間。

ふと、王子と喋るのが久しぶりだと気づいた。

貴重な時間なんだ。

空はまだ暗い。

道路を歩くのは、犬を連れて散歩する人だけだ。

静かな住宅街を、王子とのろのろと歩く。

髪の毛は爆発しているけど。

整った横顔を見て安心する。

と、同時に泣きそうになる。

涙は出ないけど。

欲求が溢れる。

「王子、手を繋いでくれませんか?」
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