距離感
王子は黙った。

何か、話すことは沢山あるのかもしれないけど。

何を話そうと考えてしまう。

テーブルに置かれたココアが冷めていく。

まさか、王子を自分の家に招き入れる日がくるとは思わなかった。

「前に婚約破棄したって話しましたよね? 私、その人と8年付き合ってたんです」

「……」

「調理師になることを後押ししてくれたのも彼で。でも、8年付き合って結婚前に浮気されたんですよ」

「……」

王子は泣きそうな顔をして私を見ていた。

何で、泣きそうな顔をしているんだろう…。

哀れだなコイツって思ってるのかな。

「その浮気相手誰だと思います? 私の高校時代の友達だったんですよ。笑えるでしょ?」

「……」

「調理師なんか、ならなきゃ良かったんです。シフト制で毎日忙しくて土日休みの彼とはなかなか会えなくて。会わないでいるうちに浮気されてて。でも、高校時代の友達って。もしかしたら、高校時代から浮気されてたのかと思ったらぞっとするんですよ。何のための8年だったんでしょうね!」

大きな声を出して、王子を見る。

やっぱり、王子は泣きそうな顔をしていた。

どうして、私は王子にタケオの話をしているんだろう。

「何もかも忘れたかった。今の会社にきて随分と救われました。王子は私にとって癒しでした。アロマでした。幸せでした。最初はアイドルを好きになる気持ちで好きなのかなって思ったけど、でも(かなめ)さんと一緒にいる貴方を見て、貴方と喋って。そのうちにこれは恋心だって気づいて…でも、王子は7・8年前のことずっと引きずっていて、アヤさんの件があって…」

もう、何を言いたいのかわからなかった。

「わかってたんです。フラれるって。迷惑だってわかってたんです。それでも…、自己満足でごめんなさい」

ボロボロと涙が一気に溢れる。

「王子、私はここでフラれて終わりますけど。どうか、どうか。王子のことを真剣に好きだった女がいたってことを忘れないでください」

「…忘れないよ」

私は頭を下げた。

「私は王子の顔だけを好きになったんじゃない。王子の優しいところ、面白いところ、ちょっとお馬鹿なところ、一生懸命なところ全部ひっくるめて長所だって短所だって全部好きになったんです」

「うん」

「この気持ちは誰にも負けませんから。フラれたけど…」

「カッチャン、ありがとう」

王子と出逢って、一年。

私は玉砕した。
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