【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
整った身なりに反して、彼の字は読みにくい。この字を読めるのが、彼が私をアシスタントにしたいと言いだした理由のひとつだと私は思っている。
とはいえ……。
「もう少し丁寧にお書きになっては? これじゃご自身も見直せないでしょう」
「僕は見直す必要がない。左藤さんがいてくれるおかげで」
「読み解くのにもそれなりの労力を使いますから。きれいに書いていただけたらそのぶん私もほかの仕事に時間を使えるんですが」
「今でも神速の仕事ぶりなのに、まだ上を目指すつもりか? 強欲だな」
ああ言えばこう言う。
「資料は今日中でよろしいですか?」
「16時の会議に持って出たい」
そして平気でこういう無茶振りをする。
頭の中で今日の自分のスケジュールを組み替えた。
午後イチにはざっと完成させて一度見てもらいたい。最優先でとりかからないと間に合わない。
「手帳をスキャンして、すぐお返しします」
「そんなに急がなくていい。それが手元にないことを理由に今日はサボるから」
「そういうことをおっしゃるから……」
「じゃ、よろしく」
ひらりと手を振って、諏訪さんはガラスで仕切られた幹部エリアを出ていった。
私の席は、フロア全体を見渡せる向きに置いてある。すでに出社している何人かの社員に、彼が「はやいね」と声をかけながら出ていくのを、席から見送った。
PCの画面には先刻、無意識のうちに打っては消し打っては消ししていた文章が中途半端に残っていた。
すべて消去し、鼻の上の眼鏡を直して資料づくりに取りかかった。

「あーもう、眼鏡ってこれだから……」
昼休憩まであとひとがんばりというころ、洗面所に入ったら、ちょうど女性社員が鏡の前で憂鬱そうな声を出しているところだった。
ほかにだれもいないから、ひとり言だったんだろう。鏡越しに私と目を合わせ、気恥ずかしそうに、ふふっと笑いかけてくる。
広報部の女性だ。年次は私と近いはず。
この会社は五年前にふたつの会社が合併している。もとの会社が違うと、年齢などの情報を意外と知らない。
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