【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
花の絵付けと金の縁取りで、よだれが出るほど手元に置きたくはあったけれど、場所をとる、洗いづらい、壊しそう、という3ネガ要素が私の心を折った。
「どうして私には、趣味を完遂するだけの意志の強さがないのかと悩みます」
「お母さんは、なにをしてる方?」
「人形の衣装作家です。アンティークドールの……主にビスクドールと呼ばれる、磁器製の人形の。注文を受けて、制作したり直しをしたり」
「へえ! 職人じゃないか、すごいな」
「父の生前は趣味で細々やっていたんですが……コレクターが多い世界らしくて」
収入を得るために本腰を入れて活動を始めたところ、世界中から注文が来るようになり、今では立派にその道で生計を立てている。
なるほど、と諏訪さんがうなずいた。
「感性も商売道具のひとつなんだな。そりゃ趣味にかける熱量も技量も、けた違いで当然だ」
「諏訪さんのお父さまは、なにをされてる方ですか?」
「もうリタイアしたが、地銀の役員だった」
「ということは、転勤族でしたか」
「3つの小学校に通ったよ。途中で母が体調を崩して実家で暮らすようになり、父とふたりで転々とした。不思議とつらくはなかったな」
ふうん……。
諏訪さんの、育ちのよさの中に感じる、どこか野性的というか、生命力の強そうな部分は、そういう生活で培われたものなのかもしれない。
マグカップが空になった。
「それじゃ、失礼します」
私は満足し、席を立つ。カップを流しで洗い、部屋に戻ろうとしたら、なぜか諏訪さんがキッチンの入り口をふさいでいた。
「初日から気になってたんだが。その、『失礼します』って、なんなのかな」
「……辞去のあいさつです」
そういうことを聞かれているのではないのはわかるけれど、じゃあなにを聞かれているのかというと、わからない。
くつろいだ私服姿の諏訪さんが、はあとため息をついた。
「俺たち、夫婦なんじゃなかったのか?」
「便宜上、そういうことにしよう、とはなってますが……」
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