【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
母らしいふわふわした声が、『よかったあ』と笑う。
『春らしくてさわやかな香りよ、蒸らし時間は長めにね。少し前に送ったんだけど、届くのに時間がかかったのね?』
ぎくっとした。
「ええっと、最近忙しくて、ポストを見るの忘れてたの」
『やだ、身体を壊さないようにしてね』
うん、と答えて通話を終えた。
汗が出る。いい年をして、親に嘘なんて。
いや、完全に嘘ってわけでもないけれど。
“結婚”するとなれば、母にも報告しないといけないし、一臣さんにも紹介しないと。そんなことをしている自分が想像できない。
火照った頬を手でぴたぴたと叩きながら、地下鉄の入口を下りた。

一日目はジャブ程度だった忙しさが、二日目から苛烈さを増した。
傭兵集団は、確実に契約をとるためなら容赦なくテックを使う。
追加資料、臨時の価格設定、加入特典などについて、現場からひっきりなしに要請や提案が持ちこまれ、こちらはそれを承認し、集約して展開する。
「まさに傭兵集団だ。まるで絨毯爆撃だね」
刈宿さんの感想には共感しかない。
社内で共有している営業マップ上に、おびただしい数の“アタック”ピンが現れ、見ているそばから色が変わる。初回訪問済、再訪問済、成約済……。
一臣さんのデスクを一時的な戦略本部とし、刈宿さんも常駐している。タブレットでマップを見つめていた彼が、はーっとため息をついた。
「今日の目標件数に達してしまった」
「まだ15時なのに……」
「すごい人材だな。彼らを正雇用するわけにはいかないのかい?」
デスクで電話をしていた一臣さんが、片方の眉を上げる。
「本人が望めば。ですが難しいでしょうね。組織に入ったら、いずれはマネジメントをする立場にならないといけない。彼らは常に、最前線のプレイヤーでありたい人間の集まりです。年齢もばらばらだ」
たしかに、研修で顔を見て驚いた。上は50代の人もいた。
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