【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
こぼれていく未来
うわあぁ!
昼食後、鏡の前で口紅を直していたら、ぶり返してきた。
ここは会社の洗面所だ。ひとりで赤面していたらバカみたいだ。
いやでも、だけど。だって。
……あれが、キス。
単語を思い浮かべるだけでも恥ずかしさにいたたまれなくなる。自分とは無縁のものだと思っていた行為。
ついでに言うと、そのときつけていた口紅のブランドを一臣さんが言い当てたことにも度肝を抜かれた。
つい口にしてしまっただけのようで、すごいと私が感動しても、妙にしどろもどろだったのが解せない。
『なぜわかったんですか?』
『その、香りが、特徴的だから』
『香り!』
『いや、あの、すまない。忘れてくれ』
これまでにおつきあいのあった女性の影響でおぼえたのだということくらい、私でもわかる。だけどそれを隠す必要なんてないのに。
経験値の豊富さは、私からしたら尊敬の対象でしかない。
もしかして、面倒な嫉妬をするタイプだと思われているんだろうか?
絶対にそんなことはしないと、念を押しておかなければ。
「あのう……」
突然声をかけられて、私は思わずささやかなメイクポーチを握りしめた。いけない、洗面台を独占していた。
「すみません、お邪魔しました。お使いください」
「いえ、洗面台ならほかもあいてますし。そうじゃなくて……」
そそくさと立ち去ろうとして、言われたとおりであることに気づく。鏡の中で目が合ったのは、以前にもここで会った、広報部の女性だった。
明るい色の、さらさらのボブヘア。今日は眼鏡をしていない。くるんと上を向いたまつげに縁どられた瞳が、私の手元と顔を行き来している。
「そのリップ、春夏の新作じゃないですか?」
「えっ」
私は持っていた口紅を見下ろした。先日購入した、3本目の口紅だ。