【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
こうした趣味を全開にしたのは父の死後だ。父が亡くなったとき、私は4歳だったから、私には彼の記憶はほとんどない。
すなわち私の中の母は、現在の母なのだ。趣味そのものにも感化されたし、人と違う身なりで堂々としている母に、私は素直に憧れた。
そして少しばかり賢くなった今だからわかる。母はセンスがいいのだ。
好きなものを片っ端から身に着けているわけじゃなく、ちゃんと吟味して、似合うものだけを選んでいる。
だから浮いていようが変わっていようが、すてきなのだ。
「……哲学って、どんな?」
「今は、自分に似合うものを真摯に模索してるね」
「すごい」
「恋人をよろこばせたくてしてるお化粧なら、見ればわかる。それがないから、彼氏さんもすてきな方なんだろうなと思ってる」
もっと早いうちから、素直に母のまねをしておけばよかったと今ごろ悔いた。どうしてか、自分は母のようにはなれないと決めつけて、憧れであって手本ではないと、少し離れたところに置いていた。
「……会ってくれる?」
「先方のご提案どおり、ディナーにしましょ。ゆっくり話を聞きたいもの」
「ありがとう。時間と場所は、決まったら連絡するね」
母が私の両手を、ぎゅっと握った。装いからすると、そこだけ奇妙なほど現実感のある、使いこまれた職人の指先だ。
「うれしいなあ。お父さんがいないのは、べつにうちの欠点じゃないけど」
でもね、と澄んだ声が続ける。
「もしかしたら花恋ちゃんの人生の中で、それが不利に働くときが来るんじゃないかって、じつはずっと不安だったの」
「お母さん……」
「先方のお父さまも、同じなんじゃないかな。男の人だと、そうでもないかな」
「そういう話も、してみて。どういう方か、私もまだ知らないけど」
「私、興奮して自分ばかりしゃべりそう。うるさかったら止めてね」
「それより飲みすぎないで」
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