【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~

電話では『もう大丈夫よ』としか言わない母の様子を、会って確かめよう。そう思いついたのは食事の最中だった。
『このあとの予定は?』と刈宿さんに聞かれ、実家に行くと正直に答えたときの彼の残念そうな表情を見るに、この思いつきは正解だったのかもしれない。
もちろん、そういうつもりではなかったけれど。
実家は暗く、門灯もついていなかった。
母は仕事用のウェブサイトとSNSアカウントを持っている。あの一件以来、更新がぱったりと途絶えているのが気になっていたんだけれど。
ますます心配になり、チャイムを押してから鍵を開ける。
家の中は古い布や革が発する、複雑で神秘的な匂いに満ちていた。人によってはかびくさいと言うだろうが、私にとっては故郷の匂いだ。
最低限の箇所だけ明かりがついており、ほかは暗い。
母は奥の自室にいた。もとは畳の客間だったところだ。アンティークのランプを灯し、その明かりで刺繍をしていた。
声をかけるより先に、母が私の気配に気づいた。顔を上げ、金縁の老眼鏡を取るしぐさを見て、息が詰まるような思いに襲われた。
母が急にひと回り小さくなり、老いてしまったように見えたからだ。
「花恋ちゃん、どうしたの」
「どうしてるかなと思って」
「心配ないって言ってるのに。そりゃちょっとは滅入ってるけど」
そうだろう。母が刺繍をするのは、考えたくないことがあるときだ。
〆切間際やいらいらしたときなど、母は無心で布に針を刺す。『きれいなハンカチができるから、一石二鳥』と、胸のつかえが取れたあとで笑う。
私は母の隣の椅子に座った。房飾りのついたカバーで覆われた、くるくる回る丸椅子だ。子どものころ回して遊んでいたせいか、軸がぐらついている。
「ちゃんと食べてる?」
「知ってるでしょ、私はもとから食べないの」
メイクをしていない母を久しぶりに見たので、部屋の暗さも相まって、普段との顔色の違いがわからない。
「料理は上手だったよね?」
「そうね。でも食べてもらうのが好きだっただけだから」
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