【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
私と違い、母は家庭的なことを得意としていた。日常の食事もパーティ料理も、さすがのセンスを発揮し、苦もなく作ってみせた。
ただ、たしかに母が私と同じようにそれらをぱくぱく食べていたかというと、そんな記憶はない。
私が成人し、家を出てからは、ついつい時間を忘れて仕事に没頭してしまうらしく、夕方電話をすると『さっき起きたの』なんてこともある。
必要だから“母”をしていたし、楽しんでいたけれど、彼女が生まれ持った性質は、こちらなのかもしれない。
「仕事は順調?」
尋ねたら、母が「私の台詞でしょう」と笑った。それもそうだと赤面する。
「さ、のんびりしてたら電車が終わっちゃうよ、帰りなさい」
「うん……」
「この間の食事会、本当にごめんね。落ち着いたらもう一度しよう。向こうが承諾してくれれば、だけど」
「でも」
「私のことなら、いいから。花恋ちゃんは、一臣さんといたいんでしょう?」
母がにっこり笑うと、それまでよくわからなかった疲れが、顔の上にはっきりと表れた気がした。
「じゃあ、結婚しなきゃ。好きな人と結婚するって、最高の幸せよ」

地下鉄の車両内で、突き飛ばされるようにして押しのけられ、降りる人の邪魔をしていたことに気づいた。
「すみません」
慌ててホームに飛び降り、場所を空ける。降りる人の列が終わるのを待っていたら、今度は電車に置いて行かれそうになった。
自分がぼんやりしているのを感じる。
『好きな人と結婚するって、最高の幸せよ』
お母さんは、それができたんだね。だからいつも輝いているんだね。
だけど私は違う。そんなんじゃないの。
ただ、お嫁さんになりたかっただけ。
幼稚な夢が、母の傷を抉った。
< 84 / 142 >

この作品をシェア

pagetop