【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
駅からマンションまでの道をとぼとぼと歩く。私はいったい、なにをしたかったんだったか。
玄関のドアを開けるか開けないかのうちに、「お帰り」と声がした。面食らう私を廊下で出迎えたのは、仁王立ちの一臣さんだ。
えっ、なぜそこにいますか。
「……ただいま帰りました」
「ただの食事にしては、ずいぶん遅かったな」
「あの、ちょっと寄り道を……」
とっさに実家という言葉を避けていた。それから彼の、やけにとげとげしい視線に気がつき、はっとする。
「違うんです! 一臣さんの意見を無視したわけじゃなく! どの服にするか悩んでたら、着替える時間がなくなってしまって……」
「……そうか」
今日、彼は終日外出だったのだ。会社では会っていない。納得したのかどうか、すっかり寡黙になってしまった彼からは、よくわからない。
「ところで、なぜそこに……」
「俺も今帰ってきたところだ。すぐにきみの気配がして」
「あっ、じゃあ同じ電車だったのかもしれませんね」
ぼんやりしていたから見落としたけれど、目の前を歩いていた可能性もある。
言われてみれば彼は、まだ上着も脱いでいないし鞄も置いていない。
「お茶でも……」
「その服、どんな反応だった」
「えっ」
パンプスを脱ぎ、廊下に上がっても、凝視はまだ続く。
「あの、出社してすぐ偶然お会いしまして、すてきだよ、とは」
「ほかには」
「はじめて見た服だと。僕のために着てくれたんだね……と」
予想を超えてうれしそうにそう言われたときは、ああやはり着替えてくるべきだったと思った。
つれとして恥ずかしい思いをさせないようにとは思ったけれど、彼の自尊心を満足させるつもりはなかったのだ。服というのはセンシティブだ。
一臣さんはなにも言わず、私の頭越しにあらぬ方向を見つめている。奥歯を噛みしめているのかもしれない、首の筋が浮き出ている。
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