【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
策略

引っ越しというほどのイベントではなかった。
一臣さんのマンションで新たに買った家具は、もとの部屋に持ち帰っても入りきらないことがわかっていたので、すべて置いていくことにしたからだ。
『このままにしていっていいよ』と彼も言ってくれたので、私は来たときと同じく、身の回りの品だけをスーツケースに詰めた。
連休前の土曜。いつもなら寝ているはずの時刻に一臣さんは起きてきて、駅まで私を送ってくれた。
「車で送るのに」
「心の整理をする時間が欲しいので」
彼が持っていてくれたスーツケースを受け取り、改札を通り抜ける。
見えなくなる直前に振り返ったら、彼はまだそこにいて、手を振ってくれた。
月曜になれば会社で顔を合わせ、また一緒に過ごす。ダイニングでオムレツを食べ、リビングのソファでハーブティを飲んだ時間より、ずっと長い時間を。
なのにさみしい。
だけど今は、こうするしかなかった。
衝動的に飛び出したわけじゃない。自分なりに考えて、出した結論だ。
後悔はしないと思う。
ただ、さみしい。

部屋に戻ってみて、困った。
服はなんとかクローゼットに収まったものの、化粧品を入れるスペースがない。いつの間にかずいぶん増えていたのだ。
これを機に、持て余していた小物棚を買い替えようか。一臣さんとの生活で、私はだいぶセンスと思いきりを学んだ。
今ならこの中途半端な部屋を、理想に近づけることができるかもしれない。
部屋の真ん中に立って、周囲を見回す。
ラベンダーとグレーが混ざったような、なんとも半端な色のラグ、白ともアイボリーともつかないベッドカバー。唐突な花柄の枕。
長年共に暮らしたはずのそれらが、よそ者を見るような目つきで私を眺めている気がする。
< 89 / 142 >

この作品をシェア

pagetop