【極上旦那様シリーズ】きみを独り占めしたい~俺様エリートとかりそめ新婚生活~
やがて一臣さんが、どこか遠慮がちな声を出した。
「……生活は落ち着いた?」
「はい。……ええと、いえ」
彼が「どっちだ?」と笑う。どう説明しようか、言葉をさがした。
「必要なものはそろっているので、もちろん不自由はないんですが。ちょっと、自分の部屋じゃないような感覚があります」
久しぶりだからでしょうか、と苦笑いしようとして、できなかった。
「俺もだ」
そう言って一臣さんが、切なそうに微笑んだからだ。
やめて。そんな顔しないでください。
二か月暮らしたあの部屋を、そのままにしてきたのは正解だったんだろうか、なんて考えてしまう。
物理的なことを言い訳にして、ただ私の名残をとどめておきたかっただけじゃないのか。いつでも戻れるようにしておきたかっただけじゃないのか。
相変わらず中途半端で、浅ましい。
母を苦しめたくない、なんて言っておいて、未練たらたらだ。
「食事なんだが」
「はい」
「なにを食べたいか、希望はある?」
私は頭を懸命に動かして、候補をひねり出してみる。
「揚げ物でしょうか。普段なかなかおいしいものを食べられないので」
「天ぷらか串揚げあたりかな。いい店を知ってる」
「楽しみにしてます」
「それと、さっきの話」
彼の表情が、少しだけ仕事モードに戻った。“一臣さん”の部分も残っているので、どの“さっきの話”なのかわかりかねる。
「はい……?」
「決済サービスをモメント本体に渡すとき、俺も一緒に移る予定だ」
あやうく大きな声を出すところだった。
代わりにめいっぱい息を吸いこみ、肺をふくらませたまま「本決まりになったんですか」とささやき声を出した。
以前言っていた可能性が、実現したのだ。ついに彼が、グループの中の大階段に足をかけるときが来た。
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