「悪」が似合わない君と。


「プ…」

「え?」


思わず笑いがこぼれた

久しぶりに腹から笑う


俺が大声で笑っていると

女はぽかんと口を開いていた


「あ、頭?頭打ったんですか?」


はあ?

失礼な奴だなー


そんなことを思いながら笑い続ける


どれくらい笑っていたか分からない

でもしまいには女もつられて笑っていたような気がする


そろそろ戻らなきゃ海が心配する

でも、なんでか名残惜しい気がした


ずっと前の母親と暮らしてた馬鹿なガキだった頃を思い出した

素直な俺でいられる特別な空間だった


手当てすると言い張るそいつを断り、その場を去ろうとした


「あの!話聞いてくれてありがとうございました!」


去り際にそいつが言った言葉だった

久しぶりに聞いた「ありがとう」だった


「おう!」


にっこり笑っていたそいつに俺も笑顔で返した



それから猫がどうなったか分からない


確か数日後に同じ路地に入ったけど猫はいなかったんだ

あいつが置いていったビニール袋と空の皿とクッションの入った段ボールがあっただけ


猫も…あいつもいなかった


名前を聞いておけばよかった


俺にしては珍しく心の底から後悔した


ーーー
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