キスからはじまるエトセトラ
5、 お前のことが好きだったんだ

天馬はひたすら無言だった。

運転が乱暴で、 信号でもキキッ!と急停止するものだから、その度に楓花の身体もガクンと揺れる。

文句の1つでも言おうと思うのだけど、 そのあからさまに不機嫌な横顔と剣呑(けんのん)空気に気圧(けお)されて、 息をするのさえ(はばか)られた。


楓花 ( この車はどこに向かっているんだろう…… )

どこか近場のレストランにでも行くと思っていたのに、 車はもう20分近くも走り続けている。


それからしばらくして、 ようやく車のスピードが落とされ、 左折の方向指示器を点滅させながら、 見知らぬ建物へと入って行く。


楓花 ( えっ、 ここって……! )


入口が紫色にライトアップされた、 白いお城のような建物。

車がゆっくりとラブホテルの駐車場に入って行く。

駐車場で助手席のドアを開けて覗き込む天馬。
「来いよ」と言われ、 足がすくむ楓花。


天馬 「来いって! 」

グイッと手を引かれ、 楓花は顔色を失い、 怯えながらついて行く。

部屋に入ると、 目の前には大きなダブルベッド。


楓花 ( 経験のない私にだって分かる。 ここは…… )

ベッドの前で呆然と立ち尽くす。


天馬 「先にシャワーを浴びてくる? それともこのままするか? 」

天馬の声にビクッとしながら振り返る楓花。


楓花 「天にい、 どうして? 今日は退院祝いだって…… 」


天馬に無表情でドンと突き倒され、 勢いで楓花はベッドにドサッと仰向けに倒れこんだ。


天馬 「あいつとはまだ付き合ってるの?」
楓花 「えっ? 」

天馬 「お前、 本当は仕事じゃなくて、 アイツのせいで体調を崩したんじゃないのか? アイツを追い掛けてこっちに帰って来たのか? 」


楓花 「えっ?! どういう意味? 」

天馬 「あいつ…… 結婚指輪をしてたよな。 不倫なんかやめろよ! もうあんなヤツはやめて、 俺にしろよ! 」


天馬はそう言うと、 楓花に覆い被さって激しく口づけてきた。


楓花 「ん…… ふっ……やめてっ!…… 天にいこそ…… 奥さんを放ってこんな所に来てていいの?! それこそ不倫だよ! 」

必死で顔を避けながら、 息も絶え絶えに訴える。



天馬 「はああっ? 結婚してないのに不倫になるわけないだろ! 」

天馬が驚いた顔で動きを止めた。


楓花 「結婚してないったって…… えっ、 結婚してない?! 」


天馬、 楓花、 同時に 「「 えっ?! 」」



天馬が困惑顔で体を起こし、 ベッドの上であぐらをかく。

楓花も体を起こし、 正座で天馬に向かい合う。


右手を額に当てて、 天馬が言う。

天馬 「ちょっと確認させて欲しいんだけど…… いつから俺は既婚者になったの? 」

楓花 「えっ? …… あの…… いつなんでしょう? 」


天馬 「はぁああ? お前、 何言ってんの? 俺は過去に一度たりとも結婚したことも妻を持ったことも無いんだけど」

楓花 「えっ、 だってお兄ちゃんが」

天馬 「大河? アイツが何か言ったのか? 」

楓花 「お兄ちゃんの結婚式の日に…… 天にいが近いうちに、 お見合い相手と結婚するって…… 」


それを聞いた途端、 天馬が肩をガックリ落として右手で顔を覆う。

天馬 「くっそ〜、 大河の野郎……! 」

そして顔をバッと上げると、 真っ直ぐに楓花を見つめてきた。


天馬 「颯太、 それな…… お前の勘違いだ」
楓花 「えっ? 」


天馬 「お前、 東京に行ってから殆ど帰ってこなかっただろう? だからこっちの情報に疎いんだよ」

楓花 「それは…… 」

楓花 ( 天にいに合わせる顔が無かったから、 お正月も1泊しかしなかったし、 天にいの話題は避けてたから…… )



天馬 「俺がお見合いしたのは本当だ。 相手は医学部の同期で研修医仲間の女性だった 」

楓花 「水瀬椿(みなせつばき)さん…… 」

天馬 「大河の野郎、 そんなことまで言ったのか」

天馬がチッと舌打ちした。


天馬 「そう、 相手は水瀬椿。 親に呼ばれてホテルのレストランに行ったら、 そこに椿が待っていた。 親に仕組まれたんだ」

天馬はその時の情景を思い浮かべたのか、 苦々しい顔をした。


天馬 「椿はお見合いだって承知で来ていた。 俺はそんな気は無かったから、 その場で彼女にそう伝えた。 だけど椿に、『お試しでいいからしばらく恋人ごっこをしよう。 それで心が動かなかったら諦める』って言われて、 迷いが出た」

楓花 「迷い? 」


天馬 「ああ…… 椿と付き合えば、 お前を諦められるかも知れないって思ったんだ」

楓花 「…… えっ? 」


天馬 「驚いたか? 俺はな…… お前のことが好きだったんだ」


楓花 「う…… そ…… だって、 そんな…… 」


天馬 「そんな素振りは無かったってか? 当然だ。 見せないように、 悟られないように、 必死で気持ちを抑え込んでたからな」

天馬が長い睫毛を伏せると、 整った顔に憂いが加わって、なおさら美しく見えた。


天馬 「いつからだったんだろうな…… 俺がお前を好きになったのは。 いや、 ずっとお前のことを可愛いヤツだって、 そばに置いて置きたいとは思ってたよ。 だけどそれは、 弟分としての感情だったはずで…… 」

楓花 (うん、 私だってそう思ってた)

楓花は黙って頷く。


天馬 「でも、 そう思う時点でもう特別だったんだよな……近くにい過ぎて分からなかったけど。 でもさ、 俺、 お前を女として意識した瞬間はハッキリ覚えてるよ」

天馬は口元を歪めて、 自虐的な顔をした。


***


<< 天馬の回想 >>


◯ 高校の卒業式、 校庭


卒業証書の筒を手に、 大勢の女子生徒に取り囲まれている天馬と大河。


楓花の母 「卒業おめでとう、 大河、 天馬くん」

天馬 「ああ、 おばさん、 ありがとうござ…… 」


天馬 (えっ、 颯太?! )



そこには天馬が今まで見たことのない、 大人っぽい楓花が立っていた。


ウエストにリボンがついた紺色のワンピースは、 楓花にとても似合っていた。
裾がそよ風に吹かれてひらひらと揺れるたび、 チラリと膝小僧が覗く。

楓花の膝小僧なんて散々見てきている。
だけど今目の前にあるそれは、 ショートパンツを履いて走り回っている時に見るものとは全く違っていて……。

天馬はゴクリと唾を飲み込んだ。


楓花 「卒業おめでとう、 天にい、 お兄ちゃん」

天馬 「ああ、 ありがとう…… 颯太 」


楓花の声で我にかえり花束を受け取ると、 目の前の楓花に焦点を合わせる。


天馬 「そんな格好してると、 ちゃんと女の子みたいだな」

ニッコリ微笑みながら、 クシャッと楓花の頭を撫でる。


天馬 (何を考えてたんだ、 俺。 相手は小学生なのに……。 俺は今…… 普通の顔が出来てるよな? )


<< 回想終了 >>


***


天馬 「俺はマジで悩んだよ、 自分がロリコンなんじゃないかって。 しかも親友の妹だぜ? そんなの絶対にダメだって思った」

楓花 「でも、 7歳差くらい…… 」

天馬 「今は俺だってそう思うよ。 だけど、 これから大学生になるって男がランドセルを背負ってる子に対して(よこしま)な感情を抱くってことに、 当時の俺は耐えられなかったんだよ」


楓花 「邪な感情を持ったの? 私に?! 」

天馬 「持ったの。 邪でエロエロだったの」

楓花 「…… っ、 エロっ?! 」


楓花の反応に、 天馬はフッと目を細めて、 言葉を続けた。


天馬 「だから…… お前への罪悪感の反動で、 他の女の子とも付き合ってみた。 だけど、 好きにはなれなかった。 向こうから告られて、 付き合って、 振られるの繰り返し。 そりゃあそうだよな、自分から一切連絡をしないしデートもしないで放置なんだから」


楓花 (ああ…… 他の女の子たちには悪いけど……)

楓花 「…… 天にいが振られてくれて良かった」


楓花が瞳を潤ませると、 天馬が手を伸ばして、 楓花の頭をくしゃっと撫でた。



天馬 「ハハッ、 俺は結構悩んだんだぞ。…… そして、 お前が高校生で、 俺が医学部の学生で…… その時にふと思った。 大学生と高校生の交際って、 普通じゃね?って。 さっきお前が言ってたように、 7歳差なんて、 お互いが大人になってきたら関係ないんだよな」


楓花 「だったら…… 」


天馬は寂しそうな辛そうな表情になって、 楓花を見つめた。


天馬 「頃合いを見て、 告白しようかと考えてた。 そんな時 …… お前に彼氏が出来た」

楓花 「…… えっ?! 」


楓花 ( 彼氏?! )
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