庇護欲を煽られた社長は、ウブな幼馴染を甘く攻め堕とす


「小原さん。帰ったんじゃなかったんですか?」
「あ、うん……ちょっと」
「あの人、高宮さんと一緒に居た人ですよね? なにか言われたんですか?」
 
 カツカツとヒールを鳴らし、遠ざかっていく彼女を凝視しながら冷静な口調で言う。

「大丈夫。なんでもないから」

 ふうっと息を吐き背筋を伸ばす。だけど景山くんはまだ心配げに見ている。

「ごめん、ありがとう。私、帰るね」
「そんな青白い顔して、大丈夫じゃないでしょ。高宮さんに連絡したほうがいいんじゃないですか? 社内にいるんですよね。俺、見つけてきましょうか?」
「いい、やめて」

 思わず激しく否定してしまった。益々おかしいと思われてしまいそう。だけど今はそんな余裕なかった。

 彼女の言葉が頭から離れない。耳の奥で彼女のあざ笑う声が耳鳴りのように響いている。

「本当に大丈夫だから」
「とりあえず、下まで送ります」

 そう言って景山くんは会社のビルを出るまでついてきた。もう拒む気力もなかった。 

 
 会社を出たところで自分が泣いていることに気が付いた。彼の顔を思い出せば思い出すほど、止めどなく溢れてくる。

 私は愛されていたわけじゃなかった。きっとタイミング良く現れた、ただの隠れ蓑に過ぎなかったんだ。

 もうなにも考えられなくて、ただ呆然と彷徨うように街中を歩いていた。 


< 114 / 185 >

この作品をシェア

pagetop