家出中の猫を拾いました
【第1章】
 

○(回想)夢の中

〈2年前に広告代理店に就職して一人暮らしを始めるようになってから、家族の夢をよく見るようになった〉
〈6人兄弟の大家族。私、野元 茜(のもと あかね)はその長女〉
〈仕事で毎日疲れきっている私にとって、夢の中で過ごす家族との時間は癒しであり力の源だった〉

夢の中の家族が「お姉ちゃん」と茜を呼ぶ。
それに笑顔で答える茜。

茜(はーい、待っててね。今行くよ……)



〇 自宅の寝室(昼)

カーテンの隙間から差し込む日差しが、寝室内を淡く照らしている。
ベッドで眠っていた茜は、日差しの眩しさにゆっくりと目を開く。


茜「ん……」
男の子「おねーさん、おはよ。もうお昼になるよ」


突然の男の声に驚いて、目を見開く茜。
体を起こして声がするほうに目を向けると、茜のすぐそばに見知らぬ男の子の姿。
栗毛のナチュラルなショートヘアで、柔らかな黒い瞳は穏やかに細められている。


男の子「なかなか起きないから起こしにきちゃった。朝ごはん作ったんだけど食べれそう? あ、でももうお昼になるし、お昼ご飯か」
茜「あ、ああ、あなた誰!? なんで私の家にいるの!? け、警察……!」
男の子「えっ、警察!? ちょっ……、おねーさんストップストップ!」


見知らぬ男の子が家にいることに恐怖を覚え、ベッドから飛び起きる茜。
警察に通報するためにスマホを探そうとするが、突然の頭痛に顔をしかめる。


茜「いたた……」
男の子「大丈夫?」


男の子は、頭を抑えてしゃがみ込む茜に心配そうに駆け寄る。


男の子「おねーさん、昨日のこと覚えてないの?」
茜「昨日……」
男の子「まぁ、それもそっか。おねーさん、べろべろに酔っ払ってたし」
茜(そういえば、昨日は休日出勤のあとに部長に誘われて、かなりの量のお酒を飲んだ……気がする)


部長に煽られて大量の酒を飲んだことを思い出し、ハッとする茜。


男の子「警察に通報するのはやめてね。だって、オレを家にあげてくれたのはおねーさんのほうなんだからさ」
茜「え……?」


ニコニコと微笑みを崩さない男の子。
そう言って、昨日の出来事を茜に説明し始める。



〇 (回想) 茜の自宅の前(深夜)


茜「うぅ~……気持ち悪いぃ……」


タクシーを降り、お酒を飲みすぎた気持ち悪さで吐き気を催し、自宅前でうずくまる茜。
深夜のため、人通りもなく辺りは真っ暗で、しんと静まり返っている。
そこへ偶然、男の子が通りかかる。
茜の様子に気づき、スマホを片手に持ったまま慌てて駆け寄ってくる。


男の子「おねーさん、大丈夫? 立てる?」
茜「う~ん……」


茜の背中を擦り、心配そうに顔を覗き込む男の子。


男の子「おねーさんの家ってここ? 家にあがってもいいなら、このまま支えてあげるけど」
茜「お、おねがいします……」


茜の腕を自分の首に回し、ゆっくりと立ち上がらせようとする男の子。
家の鍵を受け取り、茜を支えながらドアを開ける。
寝室の場所を聞き、茜をベッドに寝かせる。


男の子「まだ気持ち悪い? 水持ってきてあげようか?」
茜「ん~、らいじょーぶ……。あなたもこんな遅い時間に出歩くのは危ないからぁ、早くおうちに帰りなさいね~……」
男の子「あれ、もしかしてオレ……子ども扱いされてる? 酷いなぁ、こう見えてももう大人なのに」
  「……まぁ、今は家出してておうちに帰れないんだけどね」


困ったように笑う男の子。
茜は、ぼんやりと男の子を見つめている。


茜「あなた、家出してるの……?」
男の子「うん。だから今は居候させてもらえるおうちを探してるんだよね」
茜「そうなの……」
男の子「でも、もうこんな時間だし……なかなか泊まれるところが見つからなくてさ」


はぁ、と溜め息をつく男の子。
茜は放っておけず、男の子の腕をがっしりと掴む。


茜「うちに……住みなさい!!」
男の子「え、いいの?」


茜の言葉に、男の子の表情が晴れやかになっていく。


茜「いいよ、助けてくれたし。好きなだけいていいから!」
男の子「ほんと? おねーさん、ありがとう!」


(回想終了)



〇 自宅の寝室(昼)


茜(少しずつ思い出してきた……。確かに、この男の子に助けてもらった……気がする)


茜「……えっ、ちょっと待って、うちに住む? あなたが?」
男の子「うん、できれば次の居候先が見つかるまで居候させてほしいなって」
茜「えぇ……!?」
 (酔ってた勢いとはいえ、とんでもないことを言ってしまったな、私ッ!!)


顔を真っ青にさせる茜。
そんな茜の様子を見て、男の子は困ったように眉を下げる。


男の子「今、泊まるところが見つからなくて本当に困ってるんだ……」


目を伏せ、あからさまに落ち込んだ様子を見せる男の子。


男の子「お願い、おねーさん! おねーさんの代わりに家事は全部やるし、ルールがあるならちゃんと従う。それでもダメ……かな?」
茜「う……」


茜(そんな困った顔されたら断りづらいよ~……)


捨てられた子犬のような瞳を向ける男の子。
男の子の必死な様子に、茜はそれ以上なにも言うことができず、戸惑いつつも諦めたように溜め息を吐く。


茜「……いいよ。あなたが悪い子じゃないっていうのは分かったし、昨日助けてくれたことも少しだけ思い出したし……。そんなに困ってるなら、一ヶ月だけならここにいてもいいよ」
男の子「え、ほんと!?」
茜「ただし、次の居候先が決まるまでだからね」
男の子「うん、もちろん! おねーさんありがと」


茜の言葉に、男の子はニコニコと嬉しそうに頷く。


茜「ただ、一緒に住むんだったらあなたのことを教えて。名前は? 年齢は? どうして家出してるの?」
男の子「ち、ちょっと待って、一気に聞きすぎだって……」


詰め寄る茜に、逃げ腰になる男の子。
男の子がなかなか自分のことを話したがらない様子であることを察し、茜は詰め寄るのをやめる。


茜(……あんまり話したくないのかな)
男の子「……」


申し訳なさそうに、男の子は眉を下げる。


茜(うーん、でもさすがに名前も年齢も分からない子と過ごすのはなぁ……)


答えづらそうに目を背ける男の子。
顎に手を添えて、悩む素振りをする茜。


茜「……あ、そうだ!」


少しして、茜は何かを思いついたように手をポンと叩く。
片手を腰に当て、もう片方の手で人差し指を立てて、男の子に視線を向ける。


茜「一日一個でいいから、私の質問に答えるっていうのはどう?」
男の子「一日一個……?」
茜「そう! 一気に話すのが嫌なら、ゆっくりでいいからあなたのことを教えてほしいなって思ったんだけど……どうかな?」


我ながらいい提案、と言わんばかりのドヤ顔を見せる茜。
男の子はポカンとしてから、考える様子を見せる。
少し間を置いてから、男の子は決心したようにこくりと頷く。


男の子「うん、分かった。ごめんね、オレは居候させてもらう立場なのに……」
茜(だいぶ訳ありみたいだなぁ。家族の人は心配してないのかな……?)


男の子を心配そうに見つめる茜。
茜の提案に、男の子は眉を下げながらもほっとしたように微笑みを浮かべる。


茜「じゃあ、今日の質問です。あなたの名前を教えてください」
ミヤビ「……ミヤビ。今日からよろしくお願いします、おねーさん」


茜の質問に、男の子はにっこりと答えた。

 
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